2025年8月のつれづれ(「浪曲陰陽師 琵琶玄象」、「浪曲巷説百物語 小豆洗いの巻」、注目の公演)
杉江松恋の月刊「浪曲つれづれ」 第4回
- 浪曲
京極夏彦の物語が浪曲に! 熱狂の北とぴあ公演
小田原公演から一週間後の7月19日、今名前を挙げた北とぴあにおいて、真山隼人・沢村さくらコンビによる「浪曲巷説百物語 小豆洗いの巻」が行われた。
会場は予約だけで満員札止めとなった。事前に原作者である京極夏彦氏が来場され、トークコーナーに登壇されることが告知されていたことも大きかったはずである。普段、浪曲の興行では見かけない方が多く来られており、ジャンル外に話題が届いたことが実感できた。京極ファンは熱く、サイン入りの『巷説百物語』は瞬く間に完売してしまった。大阪会場での販売分も持って行っていたのに、嬉しい計算違いである。
初めて浪曲を聴く人向けのレクチャーで舞台は始まり、最初の演目「浪曲京極夏彦物語」に入る。京極夏彦氏が『姑獲鳥の夏』を講談社に持ち込んだ際のデビュー秘話を浪曲化したもので、連作の序に当たるのだという。大きな笑いが何度も起こり、つかみとしては十分であった。続いてトークコーナーである。杉江が進行役を務め、京極氏と真山隼人が文芸浪曲というものについて討論する。ここで中入りとなった。さあ、本編である。
会場の灯りが落とされ、舞台のみが仄明るく照らし出される。「小豆洗いの巻」の舞台は越後・枝折峠(しおりとうげ)だ。円海という僧侶が降りしきる雨のために足止めをされ、山小屋にてしばし休息をとる。そこに居合わせた者たちが、誰からともなく物語を始めるのである。
本編で重要なのは川の流れだ。小豆洗いという妖怪に本来姿はなく、水音に混じって小豆を研ぐような音が聞こえるということから怪異が始まる。その音をどのように表現するか。隼人とさくらの用いた戦術は巧妙だった。
初めは隼人が口にする「しょきしょき」という音声に、さくらの三味線が重ねられ、それが小豆を研ぐときのものだと印象づけられる。そのことによって、次からは隼人の声がなくとも、三味線だけで小豆を研ぐ音だとわかるのである。それ以外にもさくらの三味線は雄弁で、特に序盤、円海が沢を彷徨う場面での水音表現には感心させられた。
この話にはもう一つ、重要な音がある。主人公・御行の又市による決め台詞「御行奉為(おんぎょうしたてまつる)」に重ねて鳴らされる鈴だ。手持ちの鈴なので決して大きな音ではない。それをどのように聴かせるか。三味線で表現したとして、鈴として観客の耳に届いてくれるか。勝負どころである。成功したか否かは、当日お聴きになった方のご判断にお任せしたい。

「浪曲巷説百物語 小豆洗いの巻」第二回公演は、大坂・朝日生命ホールにて8月16日に開催される。同じく京極夏彦氏もトークゲストに来られる予定である。第一回を聴き逃して残念に思っている方、もし大阪行きが可能であればぜひお勧めしたい。
▼第二回公演の詳細は、「浪曲師 真山隼人オフィシャルサイト」でご参照ください。