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2025年9月の最前線 【前編】 (聴講記:講談協会「戦後80年、戦争と平和をかたる」)

「講談最前線」 第7回

神田伊織「東京大空襲」の迫真の描写

 香織の弟子である神田伊織は、最近では「被爆太郎」という、元NBC(長崎放送)記者である伊藤明彦の著『未来からの遺言』(岩波書店)を題材にした被爆者の声を扱った作品を読んで注目されているが、今回は1945年(昭和20年)3月10日の「東京大空襲」を読んだ。

 伊織自身、学生時代に戦前、戦中の聞き書きを行っていた経験があり、そこで聴いたある男性の“秘密の思い出!”を語りで進めていく手法で、引き裂かれた男女の運命を軸に、戦争の愚かさにズームアップ。途中の大空襲の場では、日頃、軍談で鍛えている修羅場(しゅらば)を用いての鬼気迫る描写が冴え、戦争の悲惨さに迫って見せた。

 戦争と言うと、8月という月を真っ先に思い起こすかも知れないが、終戦と同じ年の3月には、東京で約310万人の爆撃被災者を生んだ出来事があったことを忘れずにい続けるためにも、3月10日を前にした時に、また聴きたい、そんな一席として仕上げた。

宝井琴鶴「満州引揚げ密使 ~丸山邦雄」の人間ドラマ

 これまた個人的な話になるが、筆者は「満州・抑留・残留日本兵」について長く追いかけている。今席、宝井琴鶴が読んだのは、戦後の満州からの引揚者にまつわる知られざるエピソードを講談化したものであった。

 ある女子生徒が学校の宿題で、満州について調べなくてはいけなくなった時に、満州開拓団の一人であった祖父から話を聞くというのは、先に上がった伊織と同じ展開である。やはり、実際に体験したことのある人からの聞き書きには力があり、それを琴鶴、伊織という実力者が読み上げると、そこに説得力が加わる。

 敗戦後、何もできない政府に代わって、世論に訴えかけて、引揚げに向けた動きを見せる主人公。いざ引揚船で満州を去る時に、苦しかった満州、楽しかった満州、生まれ育った満州に素直に別れを告げる人もいれば、バカヤローと叫ぶ人もいる。

 地の文では事実や逸話を硬く読み、登場人物たちの言動を表わす文では情感を込めて、その声を紹介する。琴鶴はその両方を通して、戦争と平和を語り上げた。