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2025年9月の最前線 【前編】 (聴講記:講談協会「戦後80年、戦争と平和をかたる」)

「講談最前線」 第7回

一龍斎貞花「象のトンキーとワンリー」の感動と教訓

 そしてトリの貞花は、児童文学作家の土家由岐雄(つちやゆきお)による『かわいそうなぞう』(金の星社)を講談化したもので、その話芸の完成ぶりから、土屋から「一龍斎貞花・作」として許された作品を読んだ。

 太平洋戦争が激しくなり、東京の上野動物園では、空襲で檻が破壊された際の逃亡を防ぐために猛獣の殺処分を決定。象のジョン、トンキー、ワンリーの処分をめぐる物語は多くの人が知っていようが、人の生き方や生死の様を読んでいく軍談物や、人情の機微を読み上げる世話物で鍛え上げてきた、大ベテランである貞花の話芸で読み進めるのだからたまったものではない。

 私も含め、場内からすすり泣きが聞こえてきたのは、その哀しさばかりでなく、犠牲になったのは動物も同じであり、動物がいなくなれば、子どもたちの喜びや心のあり方までも奪ってしまうという点にまで迫っていた。

田辺銀冶「西竹一と愛馬ウラヌス」の絆と別れ

 さらに9月に入り、講談協会の定席である「津の守講談会」の三日目で聴いた、田辺銀冶の「西竹一(にしたけいち)と愛馬ウラヌス」も印象に残った。

 1932年(昭和7年)のロサンゼルス五輪での馬術障害飛越競技で金メダリストとなった西竹一。帝国陸軍将校として太平洋戦争末期の硫黄島の戦いで命を落とした人物でもあるが、決して器用な生き方ではないものの、一緒に競技で苦労をともにしたウラヌスとの出会いと別れ。

 講談の方には『塩原多助』といった話もあり、多助と名馬の青との別れで、人間と動物の友情が描かれるが、この話でも心の中で竹一とウラヌスが交わす、種を超えた友情が時に滑稽に、時に緊迫感を伴って描かれる。

 だからこそ両者が戦争によって引き裂かれ、また奇遇とも言える最期を迎えるなど、銀冶特有の気持ちを外に出し過ぎず、丁寧に読み進めることで、先の四人と同様に「戦争と平和」に対する読みを見せ得た。

 こうした話は、80年だから、100年だからではなく、この先も毎年、そして機会を多く設けて聴き続けていきたく、また講談好きばかりでなく、多くの人、それも若い人たちに聴いてもらいたいと改めて強く思わされた。

(以上、敬称略)

(9月14日公開予定の後編に続く)