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異国の路地、迷子の入口

「二藍の文箱」 第5回

あ、うまい

 台南に泊まった時、ひとり夜の街へ出て、迷子になってみた。

 本当の迷子は心細いが、異国の夜の、ふとした迷子はわくわくしかない。さて、どちらへ行くか、どの路地に入るか。

 見るからに怪しげな灯りに、誘蛾灯のように引き寄せられると、決まって檳榔(ビンロウ)屋で、まだまだタクシー運転手などが、道に真っ赤な檳榔を吐き捨てている時代だった。檳榔とは噛みタバコのような嗜好品で、品行方正な台湾人は決してすすめてくれない。

 その先に、また、灯りが。天井からはチマキがさがっていて、蒸籠からは湯気が立っている。

 チマキをひとつ、ここで食べます。

 身振り手振りでそれぐらいは伝わる。チマキひとつ取っても、台北と台南では全く違い、台南のチマキには甘辛いタレとピーナッツ粉がかかることが多い。簡素な店には先客はおらず、ひとり通りを見ながら座っていると、目の前にすっとチマキが出てくる。

 わたしは、あ、うまい。と、独り言を言う。味云々ではなく、こういう時に食べたものが、本当に旨いのだ。

 そういうことがあってから、ケータイや地図を置いて、過不足ないお金だけを持って、夜の街へ出て迷子になってみるのが、わたしのたのしみとなった。

 やはり台南のはなし。台南には圓環(ヱンクワン)と呼ばれる交差点がいくつかある。夜中の熱帯の街を彷徨いながら、どこかの圓環に出た時、ふと灯りに吸い寄せられたのが、一軒の担仔麺(タンツーメン)の店だった。

 台湾全土で担仔麺は食べられるが、担仔麺の発祥は台南だ。豚のそぼろに小さな海老、ニンニク、干し椎茸、揚げた小玉葱、香菜(シャンツァイ)がのった、上品な麺料理で、たいていこの手の店では麺の種類や汁の有無を客が選ぶ。

 うず高く揚麺である意麺(イーミェン)がつまれて、大釜では湯がぼこぼこと沸き、ひっきりなしに客が出入りする。そんな店が、不味いわけがない。と、思いつつも、二、三度前を通り過ぎる。

 その都度、気がつかないようなそぶりで、老板(ラオパン/店主)が上目遣いでこちらを見ている。