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ころもあればらくあり

「ずいひつかつどお」 第5回

ころもあればらくあり

絵・フジマリ

立川 談吉

執筆者

立川 談吉

執筆者プロフィール

脱皮する魚、ペスチャンチョ

 ふぐは食いたし命は惜しし。――

 美味しいふぐは食べたいが、毒にあたって死ぬのは嫌だ、つまりは快楽は得たいがリスクが怖いというような意味だ。一見すると、黒澤明監督の映画「生きる」で主人公がブランコに乗りながら寂しく歌う歌の歌詞と似ているが、全く違うものなので気をつけてほしい。秋から春先までが旬なので食べたいとは思うが、高級魚なので私ごときでは謁見が許されない。どうにか宝くじでも当ててご尊顔を拝したいものだ。

 ふぐは漢字で河豚と書く。なぜ豚なのかは、単純にブーブーと泣くからしい。似たようなのではイルカが海豚、カピバラは水豚と書く。しかし、一番気になるのはペスチャンチョについてだろう。一体、ペスチャンチョはどのような漢字で表すのか、一文字なのか二文字なのか、はたまた三文字なのか。好奇心をくすぐるところではあるが、正解を言ってしまうとペスチャンチョを表す漢字はなく、ペスチャンチョはペスチャンチョなのだ。ドーハの悲劇に並ぶほどの悲劇である。

 ここで念のため、ペスチャンチョが何かを知らない方が、極僅かいらっしゃるかもしれないと想定して説明をしておこうと思う。ペスチャンチョは、南米チリ沿岸に生息する魚の一種だ。スペイン語で「ぺス=魚」「チャンチョ=豚」という意味で、豚のような顔をしている。脱皮する魚として有名で、日本では葛西臨海公園で見られるそうだ。誰もが知っている一般常識を改めて説明するのは、何だかとても恥ずかしいもので、アナがあったらジャルりたい。

 脱皮する生き物は、何もペスチャンチョだけではない。エビやカニなどの甲殻類、ヘビやトカゲなどの爬虫類、蛙やオオサンショウウオなどの両生類に至るまで多種多様だ。脱皮することで古い皮膚を脱ぎ捨て、新しい体になる。

 当たり前だが人間は脱皮しない。人間の肌は硬い皮膚や鱗がなく、トゥルントゥルンだからだ。その代わり人間は服を着ている。暑い時には涼しい服、寒い時は暖かい服を着脱して体温を調節しているのだ。さて、随分前置きが長くなったが、今月のテーマを発表しよう。衣替え、衣替えだ。