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きょうなにようび

「ずいひつかつどお」 第6回

惑う星

 江戸時代の人々は曜日の感覚を持っていなかったそうで、日本人が曜日の感覚を持ったのは明治時代からだ。

 七曜(しちよう)自体については奈良や平安時代からあったそうだが、学者や陰陽師みたいなものが使うくらいで、庶民のものではなかった。その代わり、十干十二支なるものがあり、木火土金水やら甲乙丙やら水行末雲来末風来末やらを組み合わせ、丙午(ひのえうま)だの庚虎(かのえとら)だの藤田和日郎(うしおととら)などを使っていた。

 昔の日本人は日曜日に市場に出かけ、糸と麻を買ったとしても、テュリャテュリャテュリャリャしなかったのだ。

 文明開化によって西洋文化の影響を受け、明治後半にカレンダーが全国的に普及し、今のように馴染んだ。週休五日で月から金まで働いて土日で休む、こんなにわかりやすいものはないのだが、あまり落語家には関係ないかもしれない。

 曜日の名前の成り立ちは、太陽、月、惑星が由来だ。昔の人々は規則的に動く夜空の星々から、時間や季節を読み取っていたのだ。

 星々の中で五つの星だけが星を追い越したり、戻ったり不規則な動きをしているのを発見し、惑う星だ、いや飛行機だ、タケちゃんマンだということで惑星と呼ぶようになったそうだ。その五つの星が魔女、SAPPORO、マーズアタック、たま、セガサターンとなり、ここにセーラー戦士と石原慎太郎を足したものが曜日となった。

 ご存知の通り、月と太陽は惑星ではない。月は衛星で太陽は恒星だ。ではなぜ曜日に組み込まれたのか。

 大昔の人は地動説ではなく天動説、地球の周りを太陽を含め、星々が回っていると考えていたからだ。現代にはそんなこと言う人はほとんどいない。西から昇ったお日様が東へ沈み、これでいいのだと思う人はまともではないとされている。

 しかし本当にそうだろうか。もしかしたら本当は地球の周りを太陽が回っているかもしれない。宇宙には宇宙の物理と未知の物質があるから、慣性の法則とやらも意味をなさないかもしれない。

 星と星の距離が天体観測によって計算できるとしても、たまたま人間が観測した時だけその距離に星があるだけで、本当は星が動いたり、大きくなったり、小さくなったりしてるかもしれないし、そのたまたまを奇跡的な確率で観測し続けているかもしれない。

 自分でもだんだん何を言ってるのかわからなくなってきたが、つまり何が言いたいのかと言うと、学んできた教育や目の前の情報を真に受けるのは構わないが、盲目的にならずに若干疑っていた方が間違った時に考えを修正しやすいということだ。