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〈書評〉 はなしか稼業 (三遊亭円之助 著)

「芸人本書く派列伝 クラシック」 第8回

光る人間味

 三代目円之助は正直言って落語家として大きな功績を遺した人ではないが、一般の知名度は比較的高かったほうではないかと思う。テレビドラマ出演があったからで、NHK「人形佐七捕物帳」「文吾捕物絵図」などの時代劇、連続テレビ小説「いちばん星」などにレギュラー出演をしていた。バイプレイヤーとして起用したくなる人柄だったのではないかと思う。私は高座に間に合っていないのだが、『はなしか稼業』にその人物は十分に表れている。

 自身の経験譚や昔の芸人の月旦評などで、この本は構成されている。たとえば「新宿西口」は、酒の失敗話である。

 あるとき、円之助を客が訪ねてきた。この人は元五代目柳家小さんの弟子で元は栗之助、二ツ目で小三太になったが、そこで芸に行き詰まった。名前を小さんに返上して北海道に移住し、東家夢助の名でアマチュア落語家活動に尽力したのである。『はい、出前落語です―北の噺家=落語活動家の誕生』(草の根出版会)という著書もある。再会を祝して二人は飲みに行くのだが、揃って一文無しであることがお銚子を何本か空けてから判明する。やむなく荷物を身代に預けて帰った、という話である。

 後日談があって、その後、円之助が当時、朝太といった後の古今亭志ん朝のおごりで同じ店に飲みに行ったところ、店員から「あんたたち、いくら持ってるの、注文する前にお金を見せなさい」と詰問されたという。当然の話だが、言われた志ん朝はびっくりしただろう。

 旅に関する章もいい。「里神楽」は円之助が、旧正月に農家を回る獅子舞の一座に入って水戸の田舎を歩く話である。山道を歩くので丈夫な松下駄を履くように言われ「弁慶の履いた鉄下駄のように重」いのを買ったという。

 「波も荒いが」は「一度で凝りて、それ以来、金輪際行」かなかったというキャバレー営業の話だ。行く先は気性の荒い小倉で、キャバレーに来る客は落語など聞いてはくれない。一週間の約束が二日でクビになり、円之助と同行の立花家橘松(後の橘家円平)は路頭に迷うことになる。何しろ交通費もくれないのだ。なんとか大阪までたどり着き、面識のある桂春若に千円を工面してもらって東京行きの夜行列車に乗ることができた。大阪から東京までの運賃が一人四百円、残った百円で「むさぼるように駅弁をかっ込んだ」というのが切ない。

 先輩芸人の噂も楽しく、師匠小円朝を初め、林家照蔵時代の五代目春風亭柳朝、六代目小金井芦州、彦六の八代目林家正蔵、林家三平など賑やかな顔ぶれである。特に三平は最後の「むし暑い日」に登場し、人格者の素顔を覗かせている。このエピソードで本書は幕を下ろすのである。