麹町の雑煮、目白のおせち

「二藍の文箱」 第8回

麹町にいる正月、麹町がいた正月

 新年会はおろか、最近では圓歌一門のあつまりすらなくなった。

 師匠歌司が兄妹弟子の立花家橘之助師匠に「たまには一門で飲みたいな」と、楽屋で話していたっけ。わたしには兄弟弟子はいないが、そんなキモチもなんとなくわかる。

 まだ、大師匠三代目圓歌が存命で終の住処となった湯島のマンションに転宅する前、『中澤家の人々』のセリフを借りれば、麹町の屋敷に住んでたころ、「かぁさんも疲れるし、今年は元日のあつまりはよそう」とお達しがあった。ここで「やったやった、のんびりできる」と喜ぶのはシロートだ。間に受けて寝正月を決め込むと、きっと失敗る。

 案の定、暮れの28日、一門の若圓歌師匠が麹町におせち料理のお重を持ち込んだと、内通者からの密告があった。どうやら、支度だけはしとおくか、と、結局おせち料理やら酒の支度が進んでいるらしい。
ここから、「どうする?」「どうするよ?」と、兄弟弟子や一門の探り合いがはじまる。

 結局、元日9時半、いつもの時間。気がつくと麹町の座敷にみんないる。

 だから、いまだってこうして正月を迎えると、大師匠の「一門みな、一年身体に気をつけて」の、声が聞こえてくるのは、気のせいなんかじゃ、きっとない。

 さて、栗金団に田作り、数の子ぐらいは用意をするか。

 ん、待てよ……。目白のおせち料理は、栗金団に数の子、田作りでなく黒豆だったかもしれない。

(毎月2日頃、掲載予定)