麹町の雑煮、目白のおせち
「二藍の文箱」 第8回
- 落語
三遊亭 司
2026/01/02
目白のおせちは、栗金団に数の子、田作り、黒豆…?(版画:ひびのさなこ)
ご褒美のような時間
こういうことを思い出せないのが、残念でならない。
前座時代、五代目柳家小さん師匠のご息女で花緑師匠のお母上、ミイコ姐さんから「おせち料理はコレとコレとコレがあればいいの」と教えてもらったのに、そのたった三品がわからない。覚えていない。失念した。四半世紀以上前の目白の台所でのはなしだ。
と、ここまで書いて「栗金団と田作りと数の子」ではなかったかと、突然記憶の扉がひらいた。もっと言うと栗金団だけは覚えていのだが、ほかがいけない。それでも、なんとなく、ふんわりと、ん?そうか田作りと数の子だったかな?って。
目白の小さん師匠宅には剣道の道場があり、その道場が元日の新年会、正月二日の小さん師匠の誕生日会と連日の宴席となる。一番奥に小さん師匠や一門の高弟方が座る長机、それに向かって垂直にやはり長い机が三列作られる。一門の前座たちが、大掃除の仕上げに、町会から机や食器の類を借りてきて、正月の支度をする。
年が明けて新年会当日は、正面のその長机の真ん中に小さん、左右に小せん、さん助、馬風、小三治、扇橋と並ぶその光景は壮観で、垂直に並んだ席には小さん師匠のお客様から真打が座る。二ツ目以下は、立ちだ。二ツ目の兄さんの座るところがないぐらいだから、前座の居場所、働き場所すらなく、唯一の居場所が台所。
台所からは門から玄関への小道が見え、そこには狸の置物がいくつも並んでいた。「ほら圓蔵師匠がみえたわよ」の声で窓に目をやると、その先には歩いているだけで賑やかな橘家の師匠。圓蔵師匠は、お手製の数の子の松前漬を差し入れするのがお決まりだった。
ああ、なんて贅沢な修業時代なんだろう。
わたしたちの時代は……なんてことは言わない、どの世代にも、どの時代にも、きっとそれはあるはずで、きつくて厳しい前座時代にあってそれはご褒美のような時間で思い出だ。
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