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寄席、そちらとこちら

「二藍の文箱」 第9回

 新宿末廣亭は、主に中学時代に深夜寄席。

 いまの深夜より開演が30分遅かった30年前の深夜寄席は、帰りの時間がスリリングで、同級生を巻き込みよく行った。わたしにとって落語や寄席は、コアな楽しみでなく、おもしろいテレビ番組やコミック雑誌と同等だった。

 そんな深夜寄席の帰りに感想を言い合って帰った友人は、二ツ目から真打になる時の卒業公演にも来てくれた。あの頃と違うのは、終電を気にせず朝まで飲んだことと、感想を言い合うのではなく、親友が一方的にわたしに感想を伝えてくれて、わたしはうんうん聞くのみだったが、それがまたとてもうれしいことだった。

 こうしてみると、一番行きづらいのが池袋演芸場ということになる。それでも、料金的に行きやすい二ツ目勉強会や、お目当てが並ぶ正月二之席には足を運んだ。二ツ目勉強会で言えば、古今亭菊之丞師匠や柳家獅堂師匠が二ツ目になりたてで、菊之丞兄は当時から芸達者で、獅堂兄は当時のほうがまともだった。そんな池袋演芸場がわたしの初高座の場所でもある。

 制服がない高校に通っていたおかげで、高校はサボり放題。朝、気乗りしないので自分で休みの連絡を入れると、電話を取った先生が「出席日数、足りてるの?」と言うぐらいの高校だった。そんな日は小田急線を学校の最寄り駅で降りずに、箱根湯本方面に行くか、片瀬江ノ島方面に行くか。はたまた、いつでも落語協会の顔付の上野鈴本演芸場に行くか。

 中学時代、たいして学校に行っていなかった高校時代、そして大学には行かないで入門したので、わたしが多くのことを学んだのは、みんなこの寄席と寄席の楽屋だった。そうしてこの世界に入ったわたしに、オトナの前座の先輩から「得てして、こういう落語小僧ほど挫折するんだよ」と言われ、言葉通り挫折して、『ああ、兄さんはよくわかってら』と、思ったりもした。