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『小説』 (野崎まど 著)
笑福亭茶光の「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第1回
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『小説』は、壮大な空想旅行のチケットだ(画:サラマンダーゆみみ)
私にとって大切な時間
漫画を読むことが人生の一部でした。
辛かったり、哀しかったりした時に、映画や音楽からまた立ち上がる気力をもらう。私にとっては、それが漫画でした。
しかし、環境も含め、変化しながら生きていくのが人間。37歳で結婚して子供が生まれると、生活と子育て、そしてもちろん落語の稽古にも追われ、あんなに大切だった漫画や本を読む時間が私の生活の中からなくなってしまった。
申し遅れました。私、笑福亭鶴光の七番弟子、笑福亭茶光と申します。落語芸術協会所属、江戸の寄席で前座修行をした二ツ目の上方落語家です。二ツ目は上方にはない階級ですが、江戸の協会に所属する我々鶴光一門は二番弟子の里光以下、みんな江戸の階級制度に則って活動しています。
話を戻します。私にとって大切な「読む」という時間。日々に忙殺され、これがほぼなくなってしまった。子供と一緒にいる時間は、常に子供の遊びに付き合った。
雑誌の付録についていたハンバーガー屋さんセットを使ったお店屋さんごっこ。当時2歳の息子に「店員役をやってくれ」と毎朝5時に起こされ、店員役として早朝シフトを押し付けられる日々。どんな遊びにも付き合って、息子が寝た後で、落語の稽古や新作のネタ作りをした。漫画を読む時間などどこを探しても見つけられなかった。
それでも平気だったのは、何度も寝落ちしてしまう単調な息子との遊びが、私の「漫画を読みたい」という思いよりも大切な時間として感じられていたからだろう。遊びに付き合うのは、私にとっての息子への愛情表現なのだ。パパにとって、君は優先順位1位なんだよ、と。
ある日、息子がおもちゃのバットをパチパチと手に叩きつけながら私に近づいてきてこう言った。
「さぁ、パパを殺す時間だ」
想いとは、伝わらないものである。