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捨て犬のブルース (後編)

鈴々舎馬風一門 入門物語 第16回

初めての鞄持ちで大失敗?

 前座になると、大師匠にお供することも増えた。初めての鞄持ちは、楽屋入りをしたその年の秋、四代目江戸家猫八師匠の襲名披露パーティーだった。

 大師匠の出番は、オープニングアクトでの口上という襲名の披露宴ではなかなか珍しいアトラクション。その日の大師匠は、浅草演芸ホールの出番を終えてから、パーティー会場であるホテルニューオータニへと向かう。寄席の出入り口につけられたハイヤーに二人で乗り、しばらく走ると、大師匠が鞄からポチ袋を出し、「これ、今日の交通費な」と。

 なにしろ全てが初めてなので「これは思い出のお駄賃、ずっと使わずに大事にとっておこう」などと考えていた。

 ホテルに着くと、すぐにトランクから紋付き袴の入った鞄を出し、そのまま立派な控室へと案内される。するとなぜか部屋まで運転手さんがついて来て「すいません、運賃をいただきたいのですが…」と申し訳なさそうに言うのだ。

 頭の中では「あ、じゃあさっきので払うのかな? 交通費って……、あ~そういうことか」と思いながら、ポチ袋から払うも「うーん、普通、こういう時っていうのは、結婚式でも主催者側が出してるような……。それにお釣りはどうしたらいいんだろう? 前に兄さんが領収書と一緒に渡すとか言ってたな……」と妙な違和感を覚えた。

大師匠の近くにいられる幸せ

 どうしていいか分からずに困っていると、同じく(三遊亭)圓歌師匠のお供で控室にいた歌扇兄さんと目が合う。兄さんに事情を話すと、

「そうなんだよ、なんでか俺もタクシー代払ったんだけど、後で精算するのかな?」

 という反応。なので二人で話してそれぞれ伝えることにした。もちろん直接的な表現は避けようと思い、

 「あのぉ……領収書は大師匠にお渡ししたら宜しいんでしょうか?」
 「なんだ? なんのだ?」
 「さっきのタクシー代の領収書です」
 「領収書って? 別にお前が払ったわけじゃねぇだろ?」
 「いえ、運転手さんがそこまで来まして……で、私が払いました」
 「何? どうなってんだ! ん!? 圓歌さんとこもか! おい、猫八呼んでこい!」

 真っ青になって飛んできた猫八師匠は、私を含め全方位に平謝り。そして、口上が始まると大師匠の第一声は、

 「今日は、猫八がここまで車を手配してくれたんですが、その請求がこちらにきて、ウチの弟子が払いました。しっかりしてる様で、どこか抜けている男で(笑)」

 と、猫八師匠に微笑みかける。これぞ緊張と緩和、一気に場内に笑いが広がる。

 「申し訳ありません! タクシーの手配まではしたんですが、肝心の支払いの件をすっかり伝え忘れておりまして……」

 と猫八師匠が言うと、更なる爆笑の渦に包まれる。

 こういうミスも嫌味にならないように笑いに変えられるのは今日までの積み重ね。大師匠の人柄があってこそだと、楽屋入りして間もない私ですら、すぐに感じ取ることができた。

 そしてなにより、私の話をネタにしてもらえたこと、それ以上に大師匠の近くにいられることを幸せに感じた。

筆者の二ツ目昇進披露口上での一枚。左から橘家文左衛門(現・文蔵)師匠、
 あした順子師匠、筆者、大師匠