捨て犬のブルース (後編)
鈴々舎馬風一門 入門物語 第16回
- 落語
柳家 平和
2025/09/05
愛がねえ!
その後も大師匠馬風のお供をすることも増えたが、気の利かない私は怒られることばかり。
考えてみたら、一緒についていった日で、小言をもらわなかった日はないんじゃなかろうか。とても短気で、些細なことでもしくじると信じられないほど物凄い剣幕で怒鳴られた。逆に言えば、それだけ目配り気配りの行き届いた大師匠なのである。
もちろん、凹みこそはするが、それで辞めたいと思ったことは一度もない。何故なら大師匠の言葉には、いつも愛があったからだ。「馬風師匠に言われた中で、一番心に残っている一言は?」と聞かれれば、「尽くすんなら、とことん尽くせ」。この言葉を挙げたい。
これは余談だが、ある時、門弟一同で贈った洋服のサイズが合わず、「お前らには愛がねえ!」とブチギレられたことがあった。ちなみに一部の弟子の中では『愛がない事件』と呼んでいる。大師匠からすれば、服のサイズくらいいつでも確認できるのに、どうして下調べをしないのか?ということだ。
『小さんに一番愛された弟子』を自称する大師匠からすれば、怒るのも当たり前、こちらの落ち度に違いない。だから私は、毎年12月の大師匠への誕生日プレゼントは、人一倍気を遣う。地位も名誉も財産もある、そんな人を喜ばせるのだから、当然難しい。

大師匠にプレゼントしたタンブラー
優しい嘘
ある年、個人的に持って行ってウケが良かったのは、金魚100匹。
大師匠のお宅には立派な池があるので、「100歳まで長生きしてもらえるように」という願いを込め、寝ているうちに勝手に放流した。大師匠が起きてきて早々に「お誕生日おめでとうございます。こちらをご覧ください」と私が窓を開けると、季節外れな和金を見て「おお! 金魚か!? いっぱいいていいな、ありがとよ!」と大喜び。
これは我ながら、良いサプライズだったと思う。

その一方で評判が悪かったのは、万歩計。(三遊亭)圓丈師匠が万歩計を買ってからよく歩くようになったと聞き、東急ハンズでなるべく良さそうなものを探して持って行った。袋を開けると「何だ、万歩計か」とそれだけ。
運動が嫌いな大師匠に少しでも歩いてもらえたらと思っていたが、嫌なものは嫌。考えて考えて考えての逆張りが結局は逆のままだった、そんな年もある。
それでも大師匠には健康で長生きしてほしいので、自分なりにできることを考えてみた。食事に関してはおかみさんが徹底的に管理しているし、ストレスをかけないようにするというのは至難の業である。
幸いなことに力にだけは自信があるので、一緒になる時には必ずマッサージをすることにした。寄席の出番の前、地方からの帰り、疲れていそうな時もそうでない時もとにかく欠かさず肩揉みをする。
大体15~20分くらいすると、決まって大師匠は「そろそろ仕上げでいいよ」と言う。いくら力自慢とはいえ、そのくらいで手が疲れてくる。それを大師匠のほうで察して終わるタイミングを作ってくれているのだ。
鈴々舎馬風、やはり気遣いの人である。気を遣ったつもりが、使われている。実に情けない。
師匠、はたまた大師匠というのは、尽くしても尽くしきれない存在だとつくづく思う。今年は何を贈ろうか、きっとマッサージチェアを買うことはないだろう。楽をしないことも、また愛情の一つだと私は考えている。
(了)
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