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2025年9月のつれづれ(富士実子、広沢美舟、国本はる乃、玉川奈々福、それぞれの躍動)

杉江松恋の月刊「浪曲つれづれ」 第5回

浪曲で紡ぐ「文七元結」の世界

 19時15分、奥の楽屋から実子・道代が登場し、口演が始まった。この日の外題(げだい)は予告が出ていて、落語原作の「文七元結(ぶんしちもっとい)」である。

 借金で首がまわらない男が、娘が吉原に自ら飛び込んで作ってくれた50両を持って吾妻橋までやってくると、そこでお店の金をすられて死のうとしている若者と出会ってしまう。すられたのもなんと50両、男はどうするか、という話である。

 落語では男が懊悩(おうのう)する場面が見せ所で、ここをみっちりやる。浪曲ではどうやるのか、と思って聴いていたら、意外なほどさくさく進んでいくのでびっくりした。詳しくは書かないので、どこかで富士実子の口演を聴いてもらいたい。浪曲には節(ふし)と三味線という武器があるので、啖呵(たんか)は短くても大丈夫なのだな、と感心させられた。

 終演は7時50分、一席で終わるからいっせき会なのだ。どうやら店はこれから本当の営業時間になるようである。開店前の店を借りての浪曲会なのだ。

 帰りがけに聴いてみた。実子によれば、銀座クラスのオーナーは、故・立川談志長女の松岡由美子氏で、その好意で使わせてもらっているとのことだ。実子は浪曲師になる前、立川談志のファンだった時期があり、その頃から知遇(ちぐう)を得ていたのである。なるほどそうか。気が付けば扉の横には在りし日の立川談志の、写真が飾られていた。

 この浪曲会は毎月開催だが、東京かわら版などには情報が載っていないことが多いので、実子のFacebookをチェックしていただきたい。実子によれば、お客さんからこの日にやってもらいたい、という強い要望があれば、日程を検討しないこともないそうだ。

 グランドキャバレー全盛期には浪曲師で出演した人も多かった。また、二代目玉川福太郎は仕事の場を作るために知り合いを通じて浪曲会をやれる場を探し、中華料理屋や銭湯、スナックなどさまざまな小規模会場で口演を行った。そうやって、現代人に聴いてもらえる場を確保していったのである。いっせき会の未来は明るい。がんばれ、富士実子。