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馬琴と琴星と琴鶴と琴人と ~師弟の食事はいつもちぐはぐ

シリーズ「思い出の味」 第14回

サイゼリヤで語る年の瀬の宴

 晩年の大師匠には琴柑がお供したが、私の入門以前は、ずっと私の師匠の琴星(きんせい)が付き添っていて、大師匠からの信頼は絶大だった。

 その琴星から聞いた話。

 数十年前、琴星に一門の後輩がいたが(現在は廃業)、もめごとを起こした。仏とあだ名されるほど温厚な琴星もあきれていた折に、大師匠が二人を呼び出した。

 屋台のおでん屋。「まあまあ、色々あるが琴星、お前、これで手打ちにしてくれや」と、大師匠がおでんの玉子をかじって、残り半分を琴星の皿に入れた。

 びっくり仰天したが、『これは師匠なりの仲裁のつもりなんだろう』と察した琴星は、大師匠が半分かじった玉子を飲み込んだ。隣の騒動を起こした張本人は、『わっ、食べた』と、目をひんむいて驚いていたそうだ。

 私は『うへぇ、かじりかけを食べるなんて無理!!!』と、この話を聞いていたが……。

 やがて大師匠がこの世を去り、時が流れた。

 琴星と琴柑の寄り道先は、サイゼリヤか日高屋か安居酒屋が定番。大師匠の「老舗にも行け」という教えは特に守られていない。コスパが良い店が気楽でいい。

 ある年末のこと。「ぼくらの一門の忘年会をしよう」と急に師匠が思い立って、行きつけのサイゼリヤへ。当時の琴星一門は、琴星と琴柑の二人きり。

 すべての仕事を納めた年の瀬、もう何も気にするものはない。解放感につつまれた師弟は、つまみになるサイゼ定番メニューをテーブルに並べ、1.5リットルのマグナムボトルの赤ワインをドーンと景気よく。

 まず辛味チキンは外せない。外はこんがり、中はジューシー。みんな好きな味。コーンピザはぷちぷちした食感もコーンの甘さもいい。ほうれん草はいつもくたくたで、サラダの特製ドレッシングも食べ慣れた味。ペンネアラビアータの辛みを赤ワインで流し込めば、大掃除のように一年の疲れが癒えていく。

師匠の琴星(右)と筆者(右)

 ランチ時に入店し、数時間、師弟で盛り上がり続ける。何を話したか、お互いに覚えていないのもいつものこと。ただひたすら愉快に喋る。隣席の卓球クラブ帰りの中高年グループから「楽しそうですね」と声を掛けられた記憶は残っている。

 いつしか日は落ち、閉店時間に追い出されるまで、互いに一年の働きをねぎらい合い、べろんべろんに吞んだくれたのである。