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〈書評〉 笑辞典 落語の根多 (宇井無愁 著)

「芸人本書く派列伝 クラシック」 第6回

東京ネタの意外な旅路

 何しろ情報が豊富であるのと、生で聴いたことがない上方落語が多いので、胸を張れるほどの読み方ができていないのである。ときどき気になって拾い読みをする程度だが、ないと困るので机の近くに置いている。その程度の読者が座右の書と胸を張るのは、やはりよくないことだろう。

 たとえばどんな時に開くか。本書に収録された噺は「上方だけで演じられる純上方ネタ」「上方と東京で共用のネタ」「東京へ移された上方ネタ」「上方へ移された東京ネタ」の4つに分類されている。このうち「上方へ移された東京ネタ」がいくつあるか、を知りたくなって先日は手に取ったのである。

 結果から言うと11であった。噺名を挙げると「石返し」「意地くらべ」「臆病武士(東京の『刀屋』)」「桜の宮(東京の『花見の仇討』)」「三人旅浮かれの尼買い(東京の『おしくら』)」「大師の馬」「妾馬」「とんちの藤兵衛(東京の『松田加賀』)」「とんとん権兵衛(東京の『権兵衛狸』)」「七段目」「淀五郎」である。1970年代の記述なので、現在はもっと増えているだろう。

 11の噺のうち、「意地くらべ」は明治生まれの劇評家である岡鬼太郎による新作だから当然だが、「権兵衛狸」が東京由来というのは知らなかった。「権兵衛狸」は悪戯しに来た狸を権兵衛が坊主にして放免してやるという話である。原話として前出の『新話笑眉』と、宝永元年(注:1704年)上方板『軽口野鉄砲』が挙げられている。ただし後者は狸ではなくて狐の噺だ。どちらも悪戯をした獣は坊主ではなく、とうけん額に剃られる。

 とうけん額というのは、額の髪を錐のようにとがらせ抜き上げた髪型で、幡随院長兵衛の子分であった唐犬権兵衛の姿から流行したものであるという。『新話笑眉』と『軽口野鉄砲』が「権兵衛狸」の原話だとすれば、それを上方に移したときに「とうけん権兵衛」を「とんとん権兵衛」に洒落たわけで、原話にその分近くなったことになる。

 ちなみに神社に置かれる狛犬は犬そのものではなく、想像上の動物が複数混ざっている。その一つが唐犬で、狛犬の中には角を持つものがあるのは流れを汲んでいるのだろう。写真を見たい人は三遊亭円丈『THE狛犬!コレクション 参道狛犬大図鑑』(立風書房)をどうぞ。