うるささや 岩にしみ入る 俺の声

「朝橘目線」 第7回

「大きい」は正義だった

 大きいことは良いことだ。これもよく聞かれる。

 かつて全日本プロレスの中継を観ていた時、高校生時分だから超世代軍がバリバリ元気だった頃かな。解説のジャイアント馬場さんが「身長10㎝、体重10㎏違うだけで、相手の消耗の仕方がうんと変わるんですよ」と仰っていた。さすが世界の巨人、説得力が違う。大きさそのものが武器になるというわけだ。

 二子山部屋のYouTubeチャンネルが好きでよく観るが、「食トレ」動画がたくさん上がっている。お相撲さんたちが、これでもかと食事を頬張るシーンを目いっぱい視聴できる。見ていて惚れ惚れするくらい食べる。

 もちろんそれは道楽じゃなく、稽古のうち。動画の後半は大概、大汗を流して食事を詰め込む力士の、切ないため息が響き渡る。

 部屋の女将さんが「ずっと痩せるほうが大変だと思っていたけど、太るほうが辛いかもしれない」と、愛弟子たちを気遣ってそう仰っていた。太るどころか、夏場は体重をキープするのも一苦労らしい。

 食事も凄いが、稽古風景もまた凄まじい。二子山部屋YouTubeチャンネル、元気のない時にぜひ、観てほしい。活力が湧く。あの世界で番付上位に君臨する、出世する関取衆はやはりとんでもない怪物なんだと思う。


 そこへいくと落語家は、体の大きさなど全く影響しない。……多分。厳密に検証したことがないから、細かく見ていけばそういう噺もあるかもだけど、ちょっと思いつかない。だから子どもからお年寄りまで、誰でもやれる。

 でもたった一つ、落語家でも「大きさ」が武器になる要素があると思う。それは、すなわち「声」である。声は大きいほうが良い。どんなに面白いことを言ったところで、聞こえなければ意味がない。

 落語は話芸、声こそ主成分にして原材料である。