師匠と香港楼と命名秘話

シリーズ「思い出の味」 第16回

師匠と香港楼と命名秘話

今も思い出す、懐かしい味と、かけがえのない時間の記憶

神田 紅純

執筆者

神田 紅純

執筆者プロフィール

「紅」の字をいただく日

 前座の終わり時分、神田紅(かんだくれない)一門に移籍となって、初めて仕事帰りの師匠・紅と落ち合ったのが、地下鉄銀座線の田原町駅に程近い中国料理店、香港楼(ほんこんろう)でした。

 浅草演芸ホールの近くにあるので、師匠方の打ち上げなどで使われることもあり、何度か入ったこともありましたが、なにぶん前座なので席に座ってゆっくり味わうこともなく、未来の師匠と二人ゆっくり席に座れるということは身に余る、とっても贅沢なことなのです。

 ただ状況が状況だけに、もちろんそんな感慨に耽る間もなく、一世一代の心持ちで師匠に受け入れてくださることへの感謝の気持ちと、思いの丈をお話しし、正式に入門させていただくことになりました。

 その時に頼んでいたのは、確か麻婆豆腐定食だったと記憶しております。とろみの付いた独特の香辛料の入った麻婆豆腐とご飯にザーサイ、玉子スープとデザートの杏仁豆腐が付いていたような……。一気に食べたので無論、味わいを堪能する心の余裕はございませんでした。

香港楼の店内(同店のホームページより)

 晴れて入門が決まると、師匠が「次は名前を決めないとね」と仰ってくださり、早速「紅」の一字が付く名前の選考が始まりました。

 元より自分の本名以外に名前をいただくということは、この世界に初めて入った時もそうでしたが、とても嬉しいものです。

 今回、こうして「紅」の字をいただけるというのは、紛う方なく一門の印をいただけることでもありますから、有難さと共に、また未来への道が開けた希望と興奮で胸がいっぱいになって、しばらく鼓動が鳴り止まぬほどでございました。