浪曲ほど素敵な商売はない

「浪曲案内 連続読み」 第8回

談志師匠の言葉に学ぶ芸の本質

 私は1978年(昭和53年)生まれですので、その当時から「若い人たちに浪曲を」と云っていたのか!と仰天しました。

 対談は、浪曲の形式と、内容、テーマの重要性の話となり、談志師匠は、

 「芸さえ巧ければ、何を演ったって受けるよネ。(中略)だから巧いってことはくどいようだが総てなんだ。春野さん(二代目春野百合子先生)程巧かったら、幸枝若さん(初代京山幸枝若先生)程面白かったら、何も言うことはないのよ、理屈じゃない、理論じゃないもの……」

 と、結局は芸が大事と仰っています。諸芸に通じた談志師匠は、落語の世界に生き、落語の視点で世の中を見て、浪曲・浪花節にも造詣深く、親しんでくださいました。

 当時のうちの師匠や澤孝子師匠は、もちろん浪曲に対して自負はあったでしょうが、若手と云われていた師匠たちがそれから20~30年、古き浪曲の良いところを守りつつ、新しい浪曲を創意工夫して作り上げて来たからこそ、私も木馬亭定席で浪曲と巡り合うことができました。

 木馬亭での浪曲定席にお客様が10人に満たない、『つばなれ』しない日があっても「浪曲を遺す」と固い意志で先人たちが芸を繋いでくださったからこそ、今があります。逆に云えば、自分の芸を確立して、芸を繋いでいかなければ、浪曲に未来はないと考えます。

 木馬亭で浪曲を聞いて、浪曲師になろうと決意した時の感動と衝動を、胸下スンスン、いや胸下三寸(さんずん)忘れずに、浪曲に精進して参ります。

(毎月15日頃、掲載予定)