〈書評〉 はなしか稼業 (三遊亭円之助 著)
「芸人本書く派列伝 クラシック」 第8回
- 落語
- Books
杉江 松恋
2025/12/29
人生とは、恥ずかしいことなんだ
照蔵が出てくるのは「けい古」の章だ。稽古のため自分の部屋に来た円之助を照蔵は、近所の銭湯へと誘う。窓の外に煙突が見えるのである。その後の行動が可笑しい。
――それから部屋の隅へ行くと、照蔵さんは着ていた浴衣を脱いで、悪びれる様子もなく丸裸になった。パンツまで脱いで、である。そして腰の回りにタオルを巻くと、片手に石けん箱を持って、
「さあ行こう」
「さすがの私もちょっと驚いた」って、驚くだろうそれは。五代目柳朝は豪快な人柄で知られるが、無頓着というか、並の精神ではない。
小金井芦州は「今川焼」の章で所属していた落語協会を脱退したエピソードが語られている。今は亡き人形町末広で芦州が前座を務めていたところ、来ない者があって高座に穴が空きそうになった。仕方なく自分で上がって代わりを務めていたところ、席亭に楽屋で聴かれてしまう。そこで心ない一言が出た。
「何だ、あとが来ないのか? 仕様がねえなあ、中入り後の一番いい時間にこんな者を上げちゃあ。こいつを上げるくらいな、高座の座布団の上へ土瓶でものせて出しておいた方がましだよ」
翌日、また出演者が来なくて穴が空く。今度は代わりを務めず、芦州は高座座布団の上に土瓶をのせて幕を開けた。そのまま落語協会も辞めてしまったのである。
全体を通じて語られているのは芸人の人柄であり、気風である。テレビの電波に乗ってお茶の間の人気者になるような芸人は一握りで、そうした花形ではない者に大衆演芸の世界は支えられてきたのだということを本書は再認識させてくれる。巻末に解説を書いているのは立川談志である。「人生とは、恥ずかしいことなんだ」と題されたこの一文は、芸人の哀しさを語ったものとして一読の価値がある。
――奴(円之助)は“自分の行く道は、退廃の世界でしかない”と感じたか、少なくとも普通(なみ)の世間、正常という名の世界からはハジキ出された過去があるはず。で、己の住む処は、もし“生きていかねばならない”としたら、咄家か乞食しか奴にはなかったろう。そんな感じの顔と身体でもあった。で、落語界というはぐれ者の集まる場に生きる世界を探したとすれば、ごく当然である。“ただ好きだ”というだけ、いやそれもチト違う、落語が好きなのではなく、この世界が好きなのだろう、ズバリいやぁなまけ者の世界が……。
(以上、敬称略)

- 書名 : はなしか稼業
- シリーズ : 平凡社ライブラリー
- 著者 : 三遊亭円之助
- 出版社 : 平凡社
- 書店発売日 : 1990年9月
- ISBN : 9784582763034
- 判型・ページ数 : 文庫判・304ページ
- 定価 : ―
(毎月29日頃、掲載予定)
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