〈書評〉 芸談 あばらかべっそん (桂文楽 著)
「芸人本書く派列伝 クラシック」 第7回
- 落語
- Books
杉江 松恋
2025/11/28
波乱だらけの若き文楽
八代目桂文楽、五代目古今亭志ん生と共に戦後昭和の名人と呼ばれた落語家である。
徹底的に余剰を切り落とし、ネタ数も絞り込んで珠玉の高座を作り上げた。若い頃にやっていたネタもだいぶ捨てたらしい。作家の正岡容(まさおかいるる)は、父であった三代目三遊亭円馬に文楽が「鼠穴」を習うのを横で聴いていたことがあると書いている。三代目桂三木助に、後に十八番となる「芝浜」を教えたのも文楽だが、自分ではほぼ高座にかけていないはずである。できないのではなく、さまざまなものを捨てた結果、八代目文楽という落語家が完成した。
『芸談 あばらかべっそん』は、文楽が自身の来し方について語った本で、落語協会会長職を辞した1957(昭和32)年に青蛙房(せいあぼう)から刊行されている。その後旺文社(おうぶんしゃ)文庫に入り、現在はちくま文庫版を古書店などで入手できる。落語家の著書について触れるとき、真っ先に書名を挙げるべき一冊だ。
文楽の生い立ち、落語家としての経歴について簡単に書いておく。
生粋の江戸っ子を自認する文楽だったが、1892(明治25)年に生まれたのは青森県であった。官人であった父の赴任先だったためで、その転勤によって東京に戻る。本名は並河益義(なみかわますよし)である。商家の奉公が務まらずふらふらしていた時期、紹介者があって1908(明治41)年、初代桂小南に弟子入り、小莚(こえん)の名を貰った。1910(明治43)年、その名で二ツ目に昇進する。
ここからの道筋は、やや折れ曲がっている。
まず、師匠の小南が郷里である大阪に帰ってしまうという事態が起きた。当時勢力の大きかった三遊派に属していた小南は分派を作ってそこから独立することを考えたのだが、興行がうまくいかず、責任を取らされる形になったのだ。一人取り残された小莚は三遊亭圓都という落語家の一門に入り、小圓都の名を貰って1911(明治44)年から1912(明治45)年にかけてその一座で巡業をしている。
『あばらかべっそん』によれば、圓都は二代目三遊亭小圓朝の弟子で「元洗濯屋ではなしかになったが、腹に一物あって江戸にいられ」ず上海で幇間になった後、神戸からやってきた松琴女史という琵琶芸者と夫婦になって、日本で巡業を始めたのだという。
上方に橘圓都という名跡はあるが、それとは無縁である。三遊亭円都の名は、後に五代目三遊亭圓窓となった人が1920(大正9)年に継いでいるが、それともおそらくは無関係だろう。よくわからない。
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