〈書評〉 芸談 あばらかべっそん (桂文楽 著)
「芸人本書く派列伝 クラシック」 第7回
- 落語
- Books
杉江 松恋
2025/11/28
あばらかべっそん
駆け足でざっと半生をおさらいしてみた。
以上のような歴史的事実を文楽本人の口から語るのが本の主筋になっていて、そこにさまざまな芸談や余談が混じる。脇道に逸れたように書かれるエピソードが楽しいのである。旺文社文庫版の解説を担当した山本益博(やまもとますひろ)は「文楽は噺家にとって恵まれた時代に生れた人だった」と書いている。文楽は一幅の絵の登場人物のようであり、落語家というキャラクターを体現したような人生を送った。
文楽が芸の上の師匠と呼ぶのが前出の三遊亭圓馬、そして人生の師匠が柳亭左楽である。彼らについても魅力たっぷりに語られる。
圓馬は、持ちネタの多さのみならず、その技巧でも知られた人だった。
――(朝寝坊)むらくのころの円馬師匠が、鱈昆布のおつゆを吸うところをおしえてくれましたが、たしかにほかのおつゆじゃない、こう鱈の骨をだす具合、昆布をたべてまたおつゆうを吸う具合、ほんとに鱈昆布のおつゆを吸ってるようにみえるんです。
前座時代の小莚が圓馬から「もう稽古に来るな」と突然叱られたことがあった。飛んで行って詫びると圓馬は、小莚が演じた「代脈」の中で銭の高を間違えたことについて、自分が厳しく仕込んでいるのに何を聞いているのか、と詰問する。生きた心地もなく小莚が頭を下げているところに飛んできたのが「おい、小莚、お前、では来月から二つ目にしてやるぞ」との言葉だった。慢心しないよう、まずは小言で心を引き締めてくれたのである。
五代目左楽は、若手の心根を確かめるのに、まず一緒に巡業に連れていって人物を鑑定するという癖があった。あるとき左楽が日給、つまりワリを文楽に渡したときのことである。包みの裏には金額が書いてあるので、ひっくり返して見たくなるのが人情だ。それを文楽が見ず懐中にしまった。左楽はそのさりげない仕草を「この人は俺の弟子でもないのに、ワリの裏を見なかった。実に感心だ」と称賛してくれたという。
引用しだすとキリがない。いわゆる芸談本としては必読書であり、全篇がこのような良いエピソードで構成されている。落語家らしさを味わいたければ、まず本書を読むべきだろう。堅苦しい本ではない。
文楽は八代目を名乗ったが、先代が五代目なので間を飛ばしてしまった。末広がりで良いということで、左楽、もしくは文楽本人が決めてしまったのである。
本の題名について、こう述べられている。あまりにも有名な一文だが、やはり引く。
――(前略)文楽用語に「べけんや」とか「あばらかべっそん」とか、ときどきオランダ語みたいなワケの分からないコトバあり。けだし、御婦人にもてたりしてありがたくてありがたくて……というような感情の表現なり。外国の会社とか、さる会社などというときには、一切「アバアバアバ会社」と申します。
どうにも、もう、あばらかべっそんなことで。
(以上、敬称略)

- 書名 : 芸談 あばらかべっそん
- 副題 : 名人の誕生
- 著者 : 桂文楽
- 出版社 : 筑摩書房
- 書店発売日 : 1992年4月22日
- ISBN : 9784480026125
- 判型・ページ数 : 文庫判・336ページ
- 定価 : ―
(毎月29日頃、掲載予定)
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