味は覚えていない。ただ、とにかく美味しかった

シリーズ「思い出の味」 第20回

味は覚えていない。ただ、とにかく美味しかった

今も思い出す、懐かしい味と、かけがえのない時間の記憶

柳家 花飛

執筆者

柳家 花飛

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 僕は、食にこだわりがほとんどない。

 好きな食べ物は、いくらかある。今回は餃子について書こうと思うが、別段、餃子が好きというわけでもない。

 中学生に入った時分、卓球部に入部をした。なぜそうしたのかは、今となってはわからない。おそらく、野球もサッカーもバスケも苦手な自分でも、卓球ならいくらか活躍できるかもしれない……などと考えたのだろう。

 以前から、外で走り回って遊ぶタイプではなく、もっぱら家の中でゲームや工作をしているような性分だったので、運動の習慣はまったくと言っていいほどなかった。そこへ持ってきて、放課後にみっちり部活の練習をするのは、つらいとまでは言わないが、かなりこたえた。

 まずは学校の周りを五周。校庭ではなく、外周を五周走る。かなりきつい。一周目でもうバテていた気がする。それをやっと五周やっても終わりではない。その後、ラケットとボールを渡され、壁打ちを命じられる。壁に向かってボールを打って、跳ね返ってきた球をまた打ち返すというものだ。これを十回連続でできたら合格と言われたが、初日の人間には至難の業だった。

 どのくらい打ったのかはわからない。だいぶ長い時間だった気もするし、実際にはそんなにかからなかったのかもしれない。体感としては、とにかく長かった。素振りを何度やったかも覚えていない。その後、ラリーの練習もやったような気がする。

 ほぼ生まれてはじめての、みっちりとした運動らしい運動に疲労困憊し、家に帰った時の夕飯が餃子だった。

 ――母が作った、いつもの餃子のはずなのに、たまらなく美味しく感じた。

 体中のエネルギーを使い果たしたあと、はじめてのエネルギー補給。残念ながら、どんな味だったか忘れてしまったので、どう形容していいかわからない。ただ、とにかく美味しかったことだけは覚えている。

 それ以降、どのくらいの頻度で餃子を食べたのかはわからないが、あの日の餃子を超える餃子を、在学中に食べたことはない。それは、部活の練習が体に馴染んでいったことと、僕が卓球に、最初ほどの情熱をそそいでいなかったことの証拠かもしれない。