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だあるまさんだあるまさん

「ずいひつかつどお」 第8回

 「談吉さんは、北海道出身だから、子供の頃から雪だるまとか作ったのでしょうね」とたまに言われることがある。

 北国の人は、みんな雪だるまとか雪ブッダだとか雪弥勒菩薩を作って、朝晩手を合わせて拝んでいると思うかもしれないが、実はそうでもない。特に私の故郷の十勝帯広は、「十勝晴れ」という日本酒があるくらい日照時間が長く、北海道のなかでも降水量も少ない地域だ。おまけに日高山脈や大雪山脈なる山々が囲うように連なっており、東京と同じく“山に守られている”ので、積雪量も多くはないのだ。

 とはいえ寒い地域なので、たまに関東のゲリラ豪雨のごとくドカッと降ることもある。子供の頃、2メートル近く降った時など、兄が2階から積もった雪のなかへ飛び降りたりして遊んでいたほどだ。まあ私は臆病だからやらなかったが。ただどんなに積もっても、雪だるまを作った記憶は少ない。雪がサラサラのパウダースノーというやつで、固めたりまとめたりしづらいので雪だるまに適さなかったからだろう。

 雪だるまは、いつからあるのか。

 調べてみると、歌川広景の浮世絵に雪で作られた達磨が描かれていたのを見つけた。当時は球体を二つ重ねるタイプではなく、達磨大師のだるまに形作られていたらしく、縁起を担いでいたようだ。

 因みに、達磨大師は壁に向かって九年間座禅をし、悟りを開いた(面壁九年と言う)のだそうだ。正直まったくどういうことだかわからない。朝ごはん食べてトイレ行って壁の前に行って、昼ごはん食べてトイレ行って壁の前に行って、夜ごはん食べてトイレ行って壁の前に行って、眠くなったら布団に入って、また朝起きてごはん食べて壁の前に行ってを繰り返したのだろうか。

 それとも、壁の前で座禅を組み続けて1ミリも動かず、口にストローみたいなものを咥えて何らかの栄養をチューチュー吸いながら、肛門と尿道に管を入れて排泄する九年だったのか。どちらにせよ苦行であることに変わりがない。おそらくそれを支えていた人も苦行だっただろうし、同じように悟りを開いたに違いない。