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寄席、そちらとこちら

「二藍の文箱」 第9回

寄席、そちらとこちら

客席にいる、あの頃の自分に会えるかもしれない(画:ひびのさなこ)

三遊亭 司

執筆者

三遊亭 司

執筆者プロフィール

 はじめて寄席に行ったのは、いつの頃だっただろうか。

 10歳を少し過ぎた頃、ふとしたことから落語に興味をもったわたしに「じゃあ、寄席に行こう」とじいちゃんは言ってくれたが、幾度となく転移のない癌を患ってきた祖父とは、わたしが高校2年の時に他界するまで、結局その約束は果たされないままだった。

 そんな祖父との一緒に寄席へ行こうという約束は浅草演芸ホールのことで、わたしが生まれた時には祖父はもうすでに喉頭癌で声帯を切除していたが、不自由な喋りで「見終わったあとは、鰻か天麩羅でも食べよう」と、わたしに約束してくれた。だから、浅草で鰻や天麩羅を食べる時、わたしは少しだけ寂しい。

 仕方がないので、ひとりで寄席に行った。

 中学生に上がる前、ひとりで行った寄席は、やっぱり浅草演芸ホールだった。約束をしたのに、ひとりで寄席に行ったわたしを、祖父はどう思ったろうか。サカモト少年──つまりはわたしは、木戸銭を捻出するために、本を買うと言って貰った小遣いで本を買わず、飲み食いもせず、その虎の子の小遣いで寄席の木戸をくぐった。って、木戸なんかないけどね。

 何度か行くうちに、座るべき場所というのがわかってきた。よく笑いそうなおばちゃん……もとい、ご婦人方の近くに座る。そうすると、つられてこちらも笑う。そうしているうちに、客席のご婦人から煎餅などご相伴にあずかるということが幾度となくあった。

 寄席の客席は、やさしさにあふれている。