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謂れなきものたちの飛躍

「艶やかな不安の光沢」 第1回

謂れなきものたちの飛躍

もとをたださぬうつくしさを、信じてみたい

林家 彦三

執筆者

林家 彦三

執筆者プロフィール

 昨年末、エーリヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」をどうにか落語にできないか、という提案をある方からいただいて、私はまた自分の悪い癖で、何か部分的には表現できるでしょうと軽い返事をしたままになっていたのだが、それはもちろんまったくの生返事というわけではなくて、そういう試みは今までも何度かしてきたことで興味のあるものであったし、何しろ私はかねてからのドイツ文学びいきのところがあるからむしろ意気揚々と舟に乗ったのだが、気がつけば聖夜間近、つまり、こういう時期だからこそ、このクリスマスの名作童話を――という話だったわけで、それははじめからある程度期限付きの提案だったのであった。

 私は、急いで部屋の蔵書を当たった。いつか読んだはずだし、必ずやどこかであの寄宿舎の少年たちが雪合戦をしているはずなのだが、その騒ぎ声すら聞こえず、私はとうとう諦めた。そして寝転がりながら、お馴染みの、広い、寒い海に出た。その寒さも、焼けたパラフィン紙が積み重なる風景がなかったり、樟脳のような古くさい匂いがなかったり、そういう物語性がないというだけのもので、実際は外にも出なくて良いのだからぬくぬくとしたものなのだが、つまり私は良く利用するところのとある古書サイトで、それをピンポイントに吊り上げようと画策したわけであった。手間も費用も省こうという算段。

 噺家というと趣味人のように思われることもあって(私が変わり者だけなのかもしれない)、いわゆる、そういう新しいものについては疎かったり、忌避しているように思われたりすることも多い。いや、なに、通信販売くらいは新しくもなんともないけども、昨今、とにかく画期的に、一足飛びに、目まぐるしく、またさまざまな飛躍が押し寄せてきているようで、たとえ噺家といえども、そういうものたちにお世話にならないというのは無理があるだろうし、私自身も一応は古いものを、古いこころを商いにする者として、若手ながらもそれらしい生活観を考えたりはするのだが、結局はそれもどうやらだんだんあやしくなるのであった。むしろ便乗、私はこのところ長年嫌がっていた電子書籍に手を出し、大いに愉しんでいたりする。もっと早く利用すれば良かったと思う始末。このぶんだと、そのうち人工知能相手に稽古し始めるかもしれない。