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2月9日は、服の日 →普段から着物で生活する男の不肖

「エッセイ的な何か」 第9回

2月9日は、服の日 →普段から着物で生活する男の不肖

マオカラーの夢、丸刈りの悪夢(画:三笑亭夢丸)

三笑亭 夢丸

執筆者

三笑亭 夢丸

執筆者プロフィール

 2月9日は、『ふくの日』だそうな。

 調べると『服の日』と『ふく(下関では河豚のことをそう呼ぶらしい)の日』と二通りあるのだが、今回は服飾の方で。下関産の河豚なんて食べたことないし。

 しかし、もう気がつけば着物で生活をし始めて、十数年になる。なぜかと聞かれることがあったのだが、そもそも僕は洋服のセンスが皆無……。じゃあ、「和装のセンスがあるのかお前は」と聞かれたら困るのだが。

 それから“流行に合わせて、まだ着られる洋服をその度に買い替えていく”という行為が不経済な気がしてならない。もう服でもなんでも、捨てちゃう時はボロボロ、残りHPがもうほぼゼロになっているような物しか捨てられないのだ。洋服としての生涯を全うさせてやれよと。

 旅の仕事など行く時に、みんなは結構使い込んだ肌着などを持って行ったりする。旅先で捨てて行くためである。僕もご多分に漏れず、明らかに二軍落ちし、もう確実に二度と一軍に昇格することはないだろう、というような肌着を持って行くのだが、「いや、まだもうちょっとだったら着られるかも……」と結局、持ち帰ったりしてしまうこともしばし。

 江戸っ子が見たら、卒倒してしまうほどの貧乏性。

 そこへ行くと着物は良い。五十年前だろうが、百年前だろうが、基本的に設計は同じだもの。再来年、いきなり袖口にフリルが着いたりというような急なデザイン変更はしないだろう。ファッションにおける流行の変遷に、まったく知識も興味もない僕には、心強いのである。

 あと、着物で出歩くようになってから、肩こりが治った。意外と重いのです、着物・羽織・襦袢・帯・肌着や足袋、小物等を風呂敷に包むと。その荷物を鞄に入れて肩に掛けて歩くのと、着て歩くのでは、まるで負担が違う。

 噺家の皆さん、肩こりには和装ですよ!