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〈書評〉 小麦畑できみが歌えば (関かおる 著)

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第9回

傷ついた瞳が見つけた、夢という名の舞台

 自分の思い通りに、歌が歌える。自分の声をどこまでも響かせることができたら、気持ちがいいだろうなぁと憧れる。

 今月の一冊は、『小麦畑できみが歌えば』(関かおる 著)

 主人公の唯吹(いぶき)は、アメリカ人の祖母を持つクオーター。

 小学生の頃、瞳の色や自然と身に付いた英語の発音をからかわれ、心に傷を負ってしまう。人目から隠れることのできる家の小麦畑の中だけが、唯吹にとって心安らぐ場所になってしまった。

 そんなある日、祖母に連れられて行ったコンサートホールでソプラノ歌手のリサイタルを聴く。「あの声を出してみたい」。小さなきっかけが出会いを生み、憧れはやがて夢へと変わる。

 孤独な少女の声は、小麦畑を越えてたくさんの人へと届き始める。

 唯吹にとって憧れの存在、寧音(ねね)をはじめ、登場人物がみんな魅力的。同じオーディションでしのぎを削るライバルたちの歌う理由や、垣間見える辿ってきた人生、それぞれの想いに胸が詰まる。

 本作品には、個人的に刺さるセリフがすごく多い。

 本の帯にも書かれている『わたしはなりたかった。音楽をするために生まれてきたひとに。』というセリフもその1つ。

 私は、冴えない学生時代を過ごした。

 誰に認められたこともないのに、『自分にはお笑いの才能だけはある』と信じていた。『あってくれ』という祈りに近かったかもしれない。

 お笑いの世界に入り、自分より才能がある人を嫌というほど見てきた。それでも自分の限界を見ないふりをして、気づかないふりをして、お笑いを続けてきた。

 たった1つしかない自分の『特別な才能』を平凡なものだと認めたくなかった。頼むから『それ』だけは才能として自分の中にあってくれと祈るようにネタを書き続けた。

 あの頃の苦しさや、先の見えない怖さを日々感じていた自分と、それぞれの想いでオーディションに臨む登場人物たちとを重ねてしまう。