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新釈浪曲忠臣蔵 ~202X年赤穂の旅

「浪曲案内 連続読み」 第10回

新釈浪曲忠臣蔵 ~202X年赤穂の旅

278年も愛される、熱き人間ドラマ(画:原えつお)

東家 一太郎

執筆者

東家 一太郎

執筆者プロフィール

節と啖呵で蘇る、忠臣蔵の真髄

 風さそう 花よりもなお 我はまた 春の名残を いかにとかせん

 (風に誘われて散る桜の花も名残惜しいが、それ以上に儚く散っていく私は、この世への思いをどう留めればよいのだろうか)

 浅野内匠頭長矩(あさの たくみのかみ ながのり)の辞世の句です。

 3月14日は、播州赤穂藩・第三代藩主、浅野内匠頭のご命日。時は元禄14年(1701年)、江戸城内の松の廊下で、浅野内匠頭は吉良上野介義央(きら こうずけのすけ よしひさ)に斬りかかります。

 吉良上野介は一命をとりとめ、浅野内匠頭は殿中(でんちゅう)で刃傷(にんじょう)をしたおとがめを受け、即日切腹。赤穂藩のお家(いえ)は断絶。刀を抜いてから切腹まで、わずか7時間ほどだったそうです。

 殿中刃傷の3月14日から元禄赤穂事件、いわゆる忠臣蔵の物語が始まります。年末の風物詩として、歳の瀬になると必ずと云っていいほどテレビで放送され、映画でも観られた忠臣蔵。「最近、放送されなくなった」「忠臣蔵の映画が今年はなかった」という声をよく聞きます。

 それどころか、最近のある調査では、20代女性の半数以上、10代にいたっては男女とも7~8割近くが「忠臣蔵? 知らない」と回答しているそうです。

 「年末の定番」だった忠臣蔵が、「知らない物語」になった理由をAIに聞いてみますと……

・年末の過ごし方の変化。映像コンテンツの多様化。
・時代劇の制作コストと手間の増大。四十七士豪華キャストの確保が難しい。時代劇の「お作法」が難しい。
・「主君への忠義のために命を捨てる」というテーマが、現代に馴染まない。一方的な「忠義」の押し付けが重い。「勧善懲悪」よりも「多様な正義」。

 と、ちょっと誤解もありそうですが、もっともな分析。

 忠臣蔵を知らない、なんと云う台詞は、30年前くらいからあるでしょう。

 かく云う私も忠臣蔵の物語をあまりよく知りませんでした。私が忠臣蔵を学んだのは、すべて浪曲からです。浪曲を色々と聞けば、殿中刃傷から吉良邸討ち入りまでのストーリー(赤穂義士本伝)がわかる。四十七人の赤穂浪士のサイドストーリー(銘々伝)がわかる。忠臣蔵の脇役がいい味を出す、少し現代性も帯びたスピンオフドラマ(外伝)も楽しめる。

 ぜひ浪曲を聞いて、忠臣蔵に親しんでください。年末だけでなく一年中、演っています!