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2026年2月のつれづれ(沢村豊子を偲ぶ会、玉川奈々福の徹底天保水滸伝、帯広浪曲学校)

月刊「浪曲つれづれ」 第10回

2026年2月のつれづれ(沢村豊子を偲ぶ会、玉川奈々福の徹底天保水滸伝、帯広浪曲学校)

2月1日、木馬亭で開催された「沢村豊子を偲ぶ会」

杉江 松恋

執筆者

杉江 松恋

執筆者プロフィール

世界に一つだけの宝

 至宝・沢村豊子。

 浪曲に関する原稿では、そう書くのを常にしていた。自分は芸人ではないので師匠という尊称で呼ぶのはおこがましい。面と向かってはそう呼んでもいいのだけど、公の場では憚られる。だから至宝・沢村豊子。世界に一つだけの宝だと誰もが思っていた。尊称のつもりでそう書いていた。その至宝が2025年6月18日に急逝した。まだ悲しみは癒えない。

 去る2月1日、浅草木馬亭にて「沢村豊子を偲ぶ会」が開催された。一周忌はまだだが、2月が誕生月だということもあって企画されたのである。補助椅子まで含め、木馬亭は満員になった。昼間の定席は、五代目天中軒雲月の惣領弟子である月子が初めてトリをとり、「芋代官」を口演した。そちらも超満員であった。

 沢村豊子門下の曲師が年季の浅い順に弾き、故人とゆかりの深い浪曲師が口演した。公私において付き合いの深かった天中軒雲月・日本浪曲協会会長も出演の予定だったが、体調不良のためやむなく休演となり、弾く予定であった沢村博喜は相三味線である港家小そめの曲師を務めた。

 二人が口演した「太刀山と清香」は、小そめの師匠である五代目港家小柳の十八番である。小そめは、沢村豊子の三味線に魅せられて浪曲を聴くようになり、師匠と出会った。豊子師匠の三味線を聴いていなかったら今ここにはいないだろう、と舞台で語る。この日はみなそういう出演者ばかりだ。

 天中軒すみれ・沢村理緒「山内一豊の妻」、国本はる乃・沢村道世「若き日の大浦兼武」、木村勝千代・沢村まみ「慶安太平記 箱根山」と続く。勝千代は十歳で木村松太郎に弟子入りし、木馬亭の舞台にも立つようになった。成人してからは長いブランクがあったが、沢村豊子に稽古をつけてもらったことがきっかけでプロに復帰した。やはり沢村豊子なくしては今がない一人だ。