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にらみ返し、大工調べ、短命
「オチ研究会 ~なぜこのサゲはウケないのか?」 第8回
- 落語
短命(画:おかめ家ゆうこ)
落語のオチ(サゲ)には、「秀逸なオチ」や「くだらないオチ」、「説明しないとわからないオチ」などがある。そんなオチを★★★~★で筆者なりに分類し、あらすじ、オチ、解説の順に説明する(★の数は、第1回を参照)。なお、○○席目は、第1回からの通算の席数になる。
二十二席目 『にらみ返し』 ★
◆【あらすじ】
大晦日(おおみそか)。長屋の八五郎と女房は、掛け金の支払いの当てがなく、頭を抱えている。薪屋(まきや)の掛け取り(つけで売った代金を回収すること)がやって来るが、何とか言いくるめようとし、最後には薪屋を怒らせて何とか帰したが、掛け取りはまだまだ来そうな気配。
そこに『借金の言い訳屋』というのが通り、取り立て人を追い返すことを生業(なりわい)にしているという。代金は「1時間に1円」だと言うので、八五郎はわずかな金を集めて、雇うことにした。夫婦は押し入れに押し込められ、言い訳屋はキセル片手に掛け取りを待つ。
まずは、米屋の小僧が掛け取りにやってくるが、家に入ったところで、見知らぬ男が自分のほうを怒りの形相で睨(にら)んでいて驚く。小僧は何とか金を払ってほしいと声を掛けるものの、言い訳屋は一切声を出さずに睨み続ける。何も言わない相手に気味が悪くなった小僧は逃げ帰ってしまった。
言い訳屋が掛け取りを追い返す手口は、言葉を発さず睨みだけで追い返すというものだったのだ。
次に魚屋が同じように訪ねてくるが、言い訳屋を見た途端にびっくりして帰ってしまう。
三人目は浪人風のステッキを持った男がやって来る。だがこの男は今までと違い、言い訳屋に対して大声で凄んでくる。それにも負けずキセルをふかして睨みつける言い訳屋。さすがの相手も降参して帰ってしまう。
押し入れから出てきた夫婦は称賛するが、ここで言い訳屋は時間だとして帰ろうとする……
◆【オチ】
夫婦は、まだ掛け取りは来るため、追加で支払うのでまだ残ってくれと頼みこむが、言い訳屋は言う。
言い訳屋 「そうしちゃいられません。これから家へ帰って、自分の分を睨みます」
◆【解説】
ラジオでは、まず放送できない演目である。顔が命の噺で、演者によって掛け取りを追い返す顔が違う。基本的には掛け取りが3回来るので、ホップ・ステップ・ジャンプと3段階で恐くして行くが、その塩梅(あんばい)が演者によって楽しい。
筆者の場合は、3回目こそ恐い顔を“これでもか”と作ってやるが、1人目は別の路線で攻める。真顔で無表情の男がタバコを咥(くわ)えて1分ほど見るだけ。何も言わない無表情の男ほど、恐いものはない。正解はないので、これからも色々な顔を試してみたい。
前半は、八五郎が掛け取りに喧嘩(けんか)を吹っかけて強情に追い返す場面があって、その部分だけで短くやる場合もある。ここだけでも充分面白い。むしろ、こうやって追い返せるなら、八五郎にとっては誰でも追い返せるんじゃないかとさえ思ってしまう。だけど、それでは『にらみ返し』にならないので、やはり言い訳屋を登場させたい。
クレジットカードと同じで、昔は物を買ってもその場で払わず、月々まとめて払うのが当たり前で、それを『掛け』という。その掛け金を月の終わりに取りに来る。で、その月に払えない場合は、次の月に持ち越しとなる。数ヶ月貯まってしまうこともあったようだが、大晦日だけはそうはいかない。来年まで持ち越されたくない、今年の分は今年に締めておきたい。だから掛け取りも必死なのだ。
さて、この噺の最大の謎だが、この言い訳屋は普段、何をしている人なのか? 掛け取りが方々で奔走(ほんそう)するのは大晦日が基本なので、大晦日限定の商売なのだろうか? いや、月の終わりにも掛け取りは来るだろうから、その時にも商売ができるので、年に十数回はチャンスがある。
月の終わりに、家々をまわって睨み返しをして稼ぐ。なのに、自分のところにも掛け取りが来る。稼ぐのに借金がある。これはかなりの浪費家だとしか思えない。睨んで帰すのが得意なわけだから、表情を扱うのが上手いわけで、ポーカーフェイスもできるはずだ。だとすれば、この時代にポーカーはないので、博打(ばくち)打ちということになる。
言い訳屋さん、あなたは一体何者なんだ。