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煮物の記憶とイカの国
シリーズ「思い出の味」 第4回
- 連載
- 落語
イカしかない国
そんな祖母だが、実はちょっと変わった人だった。とても優しくて穏やかなのだが、ふとした瞬間のリアクションがちょっと変だった。
私の弟は小さい頃、魚介類が苦手で、エビ、カニ、イカなどが食べられなかったのだが、ある時、夕食にイカを使った炒め物か何かが出たことがある。私も両親も弟がイカを食べないことは分かっていたのだが、一緒に食べていた祖母は、なぜかその時、イカを残している弟に大層驚き、ちゃんと食べるように叱っていた。
それはいいのだが、その叱り文句が独特だった。
「あんた、イカしかない国に行ったらどうするの!?」
おそらく、そんな国に行く機会はない。言いたいことは分からなくもないが、仮定が現実離れしすぎていてあまりピンとこない。というか野菜や米ならともかく、イカが食べられないのは、そんなに怒らなくて良くない?と思うのは私だけだろうか。まあ、好き嫌いはないに越したことはないが。
両親も弟もどう反応したらいいか分からず、とりあえずみんなで、地球のどこかにあるかもしれない「イカしかない国」に思いを馳せる不思議な時間が流れた。この小言は、いまだに語り種である。
また食に関係ない思い出で恐縮だが、ほかにも思い出したことがある。我が家は猫をたくさん飼っていて、祖母も可愛がっていたのだが、相性の良くない猫にはちゃんと人見知りならぬ「猫見知り」をしていた。猫好きにありがちな、どんな猫でも愛でるということはなく、仲の良くない猫や新入りの猫のことは「気心の知れない猫がいる」といって厳しく警戒していたので、ある意味、人も猫も平等に扱っていたんじゃないだろうか。
私の高座もよく聴いてくれて、「よく喋るねぇ」と言ってくれた。褒め言葉としては微妙だが、おそらく褒めてくれていたんだと思う。