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じゃがいも
シリーズ「思い出の味」 第5回
- 連載
- 落語
そして奇跡のじゃがいも
そして三番目に出てきたのが、じゃがいもなのである。
ふかしたてのじゃがいもの上に、大きなラクレットチーズを溶かしたものをかける、それだけなのだが、これがめちゃくちゃ美味かった。
溶かしたてのラクレットチーズが美味いのは当たり前だが、それだけではない異常な美味さをじゃがいもが放っていた。チーズに負けないほど濃厚なじゃがいも。肉や魚より美味しいと思ったじゃがいもは初めてだった。
それもそのはず、このじゃがいも、普通のじゃがいもではない。スーパーや八百屋さんに並ぶじゃがいもは、新じゃがだったり、数ヶ月寝かせたものだったりするのだが、このじゃがいもは三年寝かせたものだったのだ。
いやいや、いくら北海道が寒いとはいえ、三年も寝かせれば芽も出るし腐ってしまうのではと思うだろう。その通りである。
しかし、しっかり温度管理することで『千両みかん』のごとく、わずかに生き抜いたじゃがいもが、芽を出さずに熟成するのだそうだ。じゃがいもは、寝かせたほうが甘く、濃厚になる。三年腐らずに生き残ったじゃがいもは特別美味しくなるそうだ。後にも先にも、これを超えるじゃがいもはない。
数年後、妻を連れて行ったら、やはり衝撃を受けていた。と同時に、東京を離れてこんな美味しいものを一人食べていたのかと恨めしがられたのは言うまでもない。
このお店にいつか師匠左談次をと思ってはいたが、それは叶わなかった。そもそも左談次は、お酒の方が好きなので、喜ばなかったかもしれない。
しかし、現在の師匠である談修をお連れすることはできた。美味しそうに食べている姿を見て、何だかほっとしたのを覚えている。
本当は皆様にも教えてあげたいのだが、残念ながらこのお店はもうない。マスターも奥さんも体は元気なのだが、年齢も含めて色々な理由で閉めることにしたのだ。
落語家も料理屋さんも聴きたい食べたいと思う時にはもうなくなっている場合がある。私も今のうち色んな師匠方に勉強に行かねば。
いつだったか師匠談修に何かの話のキッカケで、「あの時のじゃがいも、覚えてますか」と尋ねたことがある。「おお、あれは美味かった」とすぐ思い出してくれて、とても嬉しかった。私の思い出の味だ。
(了)
―― こちらもどうぞ。
―― 第1回 「21900のいただきます」(三遊亭 司)
―― 第2回 「はじまりはいもや」(三遊亭 ときん)
―― 第3回 「その親子丼に用がある」(古今亭 菊志ん)
―― 第4回 「煮物の記憶とイカの国」(柳家 花ごめ)