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『小説』 (野崎まど 著)

笑福亭茶光の「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第1回

その緊張が快感に変わんねん

 高校三年生の時、数少ない友人に頼み込んで即席のコンビを結成し、アマチュアのお笑い大会に出た。乗り気でない友人に優勝賞金はすべて渡すと約束し、無理矢理エントリーした。優勝して自分の価値を証明したかった。誰かに見せたいわけではなく、自分自身にあるはずの才能を確認したかった。

 演劇部に所属していた友人は渋々エントリーしてくれたものの、まったくやる気がない。私が書き上げた渾身のネタもろくに稽古しようとしない。それでも一緒に出てくれる相方はこいつしかいない。気分を害して辞退する羽目にならないよう下手(したて)に出続け、当日を迎えた。

 客席で、先の出番の出場者たちの漫才やコントを見続ける。ネタがウケないコンビや緊張でグダグダになるコンビは爆発音と共に強制暗転され、早々に舞台から降ろされる。

 「緊張するなぁ」

 1日だけの相方が呟いた。ウケてるコンビも大して面白いと思わなかった私は、既に優勝を確信し、同じく初舞台にも関わらず自信たっぷりにこう返した。

 「その緊張が快感に変わんねん」

 変わらんわ。あれから20年以上経ち、何度となく客前に立ってきたが、緊張が快感に変わることはない。緊張を快感に変えるのは、露出狂だけだ。いや、それは経験がないので分からないが。

 舞台袖に移動し、出番を待つ。忘れてしまったが、その日だけのコンビ名が呼ばれる。センターマイクに向かい、相方が勢いよく舞台に飛び出す。センターマイクに辿り着き、私の立ち位置に視線を向け、異変に気付いた相方がそのまま飛び出してきた舞台袖に目をやり、愕然としている。

 それを私は舞台袖から見ていた。緊張で足がすくんで動かなかった。

 相方の表情には、困惑と怒りが入り混じっているように見える。このままではダメだ、私は力を振り絞って舞台に飛び出した。2、3歩前に出たもののセンターマイクまで辿り着けない。声も誰かに喉を絞められてるかのように詰まって出ない。

 少し先のセンターマイクに一人辿り着いていた相方が、痺れを切らしたように私のセリフまで喋り始めた。私はただその様子を眺め、「さすが演劇部……」と心の底から尊敬した。

 爆発音と共に強制暗転となった。