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はみがきじょうずかな
立川談吉の「ずいひつかつどお」 第1回
- 連載
- 落語

絵・フジマリ
ちゃんと歯磨きしておけば!!
エンペラー吉田という人を知っているだろうか。80年代後半、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で瞬く間に人気者になり、お茶の間に愛された名物お爺ちゃんである。
「偉ぐなぐとも正しく生きるそれが私の信念でございます」という名言を残し、入れ歯を出し入れしながら喋る入れ歯芸なるものを披露していた。
私はまだ幼かったので、彼が他に何をしていたのかをはっきりと覚えてはいないが、その強烈過ぎるキャラクターは脳裏にこびりついている。今から考えると何が面白かったのかはわからない。きっと入れ歯だけでなく彼の人間性の深さみたいなものに魅了されたのだろう。
しかし、令和の時代、入れ歯で笑いをとろうなんて考える人はいない。歯があるかないかで深刻に悩んでいる人は沢山いるし、そもそも珍しくもない。
私の祖父も入れ歯だったし、現在は両親ともに入れ歯にお世話になっている。子供の頃、父や祖父の入れ歯を見るたびに、自分もそのうち入れ歯になるんだろうなと恐怖していた。
当時、私はしょっちゅう虫歯になっており、何度も何度も歯医者に通っていた。歯磨きが習慣化していなかったためだろう。
虫歯ができると歯を抜いたり、麻酔をして歯の神経をゴリゴリ取る治療を受けたり、歯に何かを被せたり。歯は虫歯になるのは当たり前で、そういうものなのだと思い込んでいた。
歯医者が嫌いだったので(今も好きな訳ではないが)、どうにか歯医者に行かないで虫歯を治す方法はないものかと考え、どこかで聞いた“虫歯に正露丸を詰めると治る”という自分に都合の良い情報を信じて実行したことがある。家庭の医学というより山に籠った三等兵の応急処置のようなもので、もちろん何の効果もない。
結果、虫歯が悪化して歯医者に飛び込むことになり、歯科医の先生に「歯汚いですね~、どうしたのこれ正露丸、汚いな~、臭いし何でこんなことしたの、汚いなぁ~」と散々罵られることとなった。正露丸の味も相まって苦い思い出である。
それがある時から歯を磨くようになった。一体いつからかは覚えていないが、以降、明らかに歯医者に通う頻度は少なくなった。こんなことならもっと早くから磨いていればよかったと後悔し、「ちゃんと歯磨きしておけば!!」と心の中で叫んだ。