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悩ましい食の話と雀々エピソード1

「ラルテの、てんてこ舞い」 第1回

意外な贈りもの

 また、これは師匠から聞いた話。その日は夕方からゲリラ豪雨となり、東京の空は雨で白く煙るほどの嵐に見舞われた。師匠は家にいたそうである。

 そこに一羽のカラスがマンションのベランダに雨宿りなのか、留まったそうだ。師匠の家はマンションの7階である。私も鳥になったことがないのでわからないが、師匠曰く「7階ちゅうのは鳥にとって休憩するに、ちょうどいい高さなんや。これが低すぎても駄目。高すぎてもしんどい。だから、ウチのベランダにはよくカラスが留まる。これがホンマ困んねん!」。そう聞いていた。

 いつもは、怖いのでガラス越しにオーバーアクションで追っ払うそうだが、その日のカラスは妙に淋しそうで、寒そうで、哀愁が漂っていたらしい。自慢の濡羽色も情けなく映り、渋々ながらも雨宿りを認めたらしい。

 ところが、暫くすると、もう一羽、同じくらいの大きさのカラスがやってくる。つがいかもしれない。とにかく、師匠の恐怖は最高潮にまで跳ねあがった。その時点で私は電話をもらうこととなる。

 「あ、あのな、今、カラスがおんねん」
 「カラスって、いつものことじゃないですか」
 「それと同じ奴かどうか、わからん。けど、2匹おんねん」
 「2匹って、鳥は二羽って言うんですよ」
 「そんなことは、どうでもええねん! どないしよ?」
 「そう言われても、私も決算で忙しいですし、何とかしてください」

 とあっさりと電話を切ってしまった。

 行き場をなくした師匠は、恐る恐るカーテン越しに見ると、二羽のカラスは何も言わず、ただ、土砂降りの雨だけを見て佇んでいたらしい。こんな大雨に追い出すのも可哀そうやなと思ったのか、師匠はカーテンを閉め、布団をかぶって寝てしまったらしい。

 翌朝。たいてい台風や大嵐の翌日は、ピーカンと相場が決まっている。その日も雲ひとつない青空が広がり、絶好の洗濯日和と思った師匠は、朝からせっせと洗濯機を回したそうだ。

 さてさて干そうとベランダに出てみたら、妙なものを発見した。

 竹輪だ。

 しかも、薄汚れた竹輪がひとつ転がっている。そこは昨日、カラスたちが雨宿りしていた場所である。

 先述したが、師匠の家はマンションの7階。ここに人間がわざわざ竹輪を置くはずもなく、スズメにしては運ぶには大きすぎる。となると、答えは昨日のカラスしか考えられない。「昨日は追っ払うこともなく、有難うね」という御礼の気持ちなのだろう。きっと。

 信じるか信じないかは自由だが、師匠はこれを「カラスの恩返し」と言っている。

(毎月17日頃、掲載予定)