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〈書評〉 悪いものが、来ませんように (芦沢央 著)

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第4回

私たちが息子にしてあげられること

 私は前座の修行期間に妻と結婚したという、前座の風上にも置けないクズ前座だ。

 妻は、漫才協会で『マリア』という女性お笑いコンビを組んでいる。当時、私は前座、妻であるマリアの“ゆみみ”は漫才協会の下っ端で、舞台袖の手伝いをしていた。私が浅草演芸ホールで寄席の開場を知らせる一番太鼓を力一杯叩いていた時、彼女も上の東洋館で公演の準備をしていたのだ。

 夫婦で芸人の世界の下っ端という、とても哀しい新婚カップルだ。

 一番太鼓には、ルールがある。「お客さん一杯来い!」という意味を込め、そう聴こえるように『ドンドンドントコイ! ドンドンドントコイ!!』と叩かなければいけない。しかし新婚である私がお客さんではなく、演芸ホール上の東洋館で下働きをしている妻に、『ア・イ・シ・テ・ル』と聴こえるように叩いていたのは言うまでもないだろう。

 小2の息子は、芸人夫婦の息子だ。その影響なのか、時々「俺はみんなを笑わせたいんだ」と言うことがある。それは両親共に毎回成功するわけではない、とても難しいミッションだ。

 きっとこれから彼には所謂、一般家庭の友達とは共有できないような苦労を感じさせてしまうかもしれない。いや、既に味わわせてしまっていると思う。

 それでも息子への愛情は無償のもので、他にかけがえのないものだ。息子が自分が愛されて育ったということに何の疑問も持たないように成長してほしいと思う。

 また、その親の愛が純粋に子供の幸せだけを祈り、そこに親のエゴが混ざってしまわないように気をつけなければいけない。

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  • 書名 : 悪いものが、来ませんように
  • 著者 : 芦沢央
  • 出版社 : KADOKAWA
  • 書店発売日 : 2016年8月
  • ISBN : 9784041044421
  • 判型・ページ数 : 文庫判・304ページ
  • 定価 : 814円(本体740円+税10%)

(毎月29日頃、掲載予定)