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異国の路地、迷子の入口

「二藍の文箱」 第5回

そして街の風景となる

 よし、入ろう。
 うん、入ってきたか。

 目があった老板が伝票を渡してくれて、席を指す。

 いま、この簡素な食堂に座って、チマキを頬張ったり麺をすするわたしは、三遊亭 司でも本名の自分でもなんでもない。誰もしらない、ただの異邦人の旅人だ。

 そう考えると、急にこの街の風景のひとつになったようで、嬉しくなる。なんなら、路地を入って、ふとしたことで行き倒れにでもなれば、もう、その迷子は完結するのではないだろうか。

 それは、失踪願望とは少し違う。迷子はただ、道に迷っているだけなのだ。

 台湾からの帰りの機内で書いた原稿を、急に秋風に変わった東京で読み返している。2、3週間たってほどよく、台湾という国の粗熱が取れたような気もするし。一晩おいてしまった、台湾啤酒のように、すっかり気が抜けたようでもある。

 どこか異国の街角で、迷子になっている──あわよくば、行き倒れになってしまった──おれは確かにおれなんだが、それを見ているそのおれは、一体どこの誰だろう。

(毎月2日頃、掲載予定)