師匠と香港楼と命名秘話

シリーズ「思い出の味」 第16回

名前に宿る覚悟

 それから師匠が一人ひとり、弟子たちの名前の由来とその時の裏話なども交えながら丁寧にお話ししてくださいまして、その中で一番印象に残った逸話が今は亡き紅葉(もみじ)お姉さんの由来話でした。「私は師匠、紅の葉になりたいと思います」との言葉で、「紅葉」になったという話。

 講談界では、まだ女性の講談師の歴史が浅く、大師匠の二代目神田山陽(かんださんよう)が師匠に名を授ける時に「君がこの名前を大きくして行きなさい」と仰ったそうで、まさに「人は一代、名は末代」だと思います。

 現在では、東西合わせて百人ほどいる講談師の半分以上を女性が占めるようになっております。しかし、まだ女性が少なかった黎明期(れいめいき)に入られた師匠や、二代目山陽門下の女流の先生方は皆、その心持ちで邁進されたからこそ、今があるのだなと思います。

 私も生涯名乗る名なのだから、その気概で参りたいと思い、大恩ある師匠・紅の「葉」が紅葉お姉さんなら、私は紅の「枝」になりたいと、恐る恐る「紅の枝で紅枝(こうし)というのは、如何でしょうか」と伺ってみました。

 師匠は「紅の枝で紅枝……紅枝……」としばらく反芻(はんすう)されていらっしゃいましたが、「いいわね、紅枝……」と言ってくださった後、「紅枝……ん? 孔子……」。確かに其れは、古代中国の偉大な思想家であり、儒教の祖・孔子と字は違えども読み名は同じ……。

 私は恐れ多くもあるけれど、格好良い響きと名の由来に内心すっかり満足して、中々の乗り気ではありましたが、「……一寸、大き過ぎるかもしれないわね……」との鶴の一声で、敢えなく幻の紅枝は流れて行ったのでございます。