第五話 「ヨセジャック事件」

「令和らくご改造計画」

#2

 前座さんの落語には、いくつかの制限がかかっている。

 まず、高座で羽織は着られない。着られるのは二ツ目に昇進してから。さらに喋るのが許されているのは「前座噺」と呼ばれる、ごく簡単な短い演目だけで、長いネタや艶話などは基本的にNG。

 そして、落語の導入として話される漫談、いわゆる“マクラ”を振る(喋る)ことも原則として禁止である。それどころか、一門によっては、自分の芸名すら名乗らせてもらえないところもある。

 では……それは一体、なぜか。

 理由は一つではないが、確かに、マクラを振れば、その後の落語はいくらかウケやすくなる。まずは自己紹介がてら、日常の話や失敗談をしていると、客席は「この人はこういうキャラクターなんだな」と理解し、親近感を覚える。

 さらにそこでウケれば、「この人は面白い」という信用も生まれる。すると、その後に演じる本編の落語への反応が、ぐっと変わる。

 だからこそ、前座にはマクラを封じるのだと思う。

 落語を始めたての頃に「ウケる道具」を持ってしまうと、どうしてもそちらに逃げたくなる。例えば、落語の台詞の中に現代的なくすぐり(ギャグ)を増やしたり、マクラ(漫談)を長くやって、なんとか笑いを稼ごうとしたりしてしまう。すると、本来、肝心であるはずの落語の型や基本のリズムと、じっくり向き合う時間が削られていく。

 前座とは、あえてそういう「逃げ道」を封じられた状態で、自分の芸と正面から向き合うための期間だと思う。それが例え「ウケなくても」だ。

 だがしかし、客席のほうはどうなるのか。

 正直なところ、前座の落語はウケにくく、お客様も笑いづらい。まず名乗らないし、マクラもない。いきなり知らない若手が座布団に座って本編を始めるのだから、「誰なんだろう?」と様子見になるのも当然である。多少、芸が上手くとも、人となりへの信頼がない分、客席も警戒してしまう。

 笑いとはそういうものなのだ。