第五話 「ヨセジャック事件」

「令和らくご改造計画」

#3

 そこで、寄席には古くからの「業界の常識」がある。

 ──前座は料金外。

 つまり、『チケット代に前座の落語は含まれていない』という考え方だ。実際、寄席では、公表されている開演時間より前の時間帯に前座が上がる。なのでお客様がチケットで買ったのは、その後に出てくる二ツ目・真打の落語であって、前座の時間はある意味「オマケ」なのだ。

 これは、お客様に『損をさせない』ための配慮でもあり、同時に、前座が伸び伸びと稽古場の延長線上として高座に向き合えるようにするための工夫でもあるのだろう。

 要するに――

 「お金をいただいている時間は、しっかり喜んでもらわなければいけない」
 「しかし前座にはまだ、その責任を背負わせない」

 という、ある種の優しい仕組みでもあるのだ。

 もちろん、「そんなこと言わずに、舞台に上がった以上は、前座だってきちんと笑いを取りに行くべきだ」「それならマクラもやらせて、お客様にもっと親しんでもらったほうがいい」という意見が上がるのもよくわかる。

 しかしこればかりは、なんでもかんでも「わかりやすく」「たのしく」さえすれば良いわけでもないと思う。落語の基礎体力をつくる時期として、前座にある程度の“制限”がかかっている現状は、僕はそう簡単に崩さないほうが良いと思っている。

 実際に僕も、修業を終えた後でようやく、それが必要な期間だったと理解した。

 ……と、そんなことを考えていると、刑事さんがメモをめくりながら、続けた。

刑事 「それから、彼らの要求はもう一つ。それは、『国外逃亡用のボート』です」
僕 「ボート?」

刑事「ええ。『マクラの権利と、逃亡用ボートを今すぐ用意しろ』と」

 マクラを振る権利を勝ち取った後、国外逃亡してどうするつもりなのか。その場で思わず天を仰ぐ。やはり前座だ。多忙な修業の末、判断力の一部がどこかに行ってしまっているのは、僕にも身に覚えがある。

 ──すると、寄席の中から怒鳴り声が響いた。

 「早くマクラの権利とボートをよこせー!!」

 この声は……間違いない。前座の絡繰亭おち太(からくりてい・おちた)くんだ。第一話で猟友会に追われていた、あの前座である。まだこの業界にいたのか。