味は覚えていない。ただ、とにかく美味しかった
シリーズ「思い出の味」 第20回
- 落語
柳家 花飛
2026/01/20
それから数年経って、高校生になった。
部活には入らなかった。代わりというわけではないが、アルバイトを始めた。当時、発売されたゲーム機がほしかったからだ。
始めたのは、引っ越し屋だった。中学三年で部活を辞めてから、ウエイトトレーニングにハマっていたので、重い物を持つことには自信があり、軽い気持ちで始めた。結構な重さのダンベルやバーベルを扱っているのだから、冷蔵庫などは楽勝だと、たかを括っていた。しかし実際は、そうは問屋がおろさなかった。ウエイトトレーニングと、実際に物を運ぶのでは、体の使い方が違うのだろう。
普段やっているトレーニングより、はるかにつらく感じた。
やたら疲れて息が上がる。走らなければ怒られる。家の中から外へ出るのに、靴をしっかり履く暇もなく、かかとを踏んで走り回る。走りづらい。パワハラなんて言葉は、まだ浸透していなかったから、叱責はすごい。途中で水も飲めない。本が詰まった段ボール三個は重い。タンスや冷蔵庫もある。しっかり重い。
日給は八千円。正直、それしかもらえないのかと思った。お金を稼ぐことの大変さを、存分に味わった。これからは、もう少し慎重にお金を使おうと思った。しかし、その時にそう思っただけで、それ以降も今に至るまで財布のひもはゆるい。
それはいいとして、その日は二件の引越しをして、終わったのが夜九時頃だったと思う。仕事の合間や移動中は、自由にしててよかったので、その間に食事を摂ればよかったのだが、初日で緊張していたためか、あまり食べなかった。あんぱん一個だったと思う。終わった頃には、空腹と疲れでヘトヘトになっていた。
その日、家に帰ってから食べたのが、餃子だった。
――そして、部活の初日に食べた餃子と同じように、美味しかった。
もちろん、味自体は覚えていない。疲れ切った体に栄養が行き渡るような感覚だけが、記憶に残っている。
畢竟(ひっきょう)、美味しいかどうかは、食べる人の心や体の状態に依存しているのだと思う。どこの店の何が美味しいだの、この料理と言えばあの店だ――そんなものは、ただの情報で、真の美食ではないのかもしれない。
何の変哲もない餃子がご馳走になるように、日々、何かしら運動すべきなのかもしれない。そんなことを思う。……あくまで個人的な見解だが。
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