〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【前編】

掲載記事300本記念

小さん師匠の「おめでとう」から始まる正月

 弟子一同が身構える中、「うちの師匠は朝湯に入る」というさっぱりした黒紋付の小さん師匠が、午前6時ぐらいに自宅の2階から1階の道場へ降りてくる。ドンドンドンドン。小さん師匠の足音は独特だったという。

 そして、いよいよ弟子一同が待ちわびた師匠が登場。第一声は「おお、おめでとう」。そのひと言で、寿ぎの気分が、石油ストーブで暖められた剣道場の隅々をさらに温かに包んだ。

「師匠のあいさつは必ず同じで『今年も一年な、病気しねぇで、頑張ってやってな』。定番なんです、それしか言わない」

 言葉を違わず、さん喬師匠は記憶を呼び覚ます。お屠蘇代わりに、酒とおせち。雑煮をいただき終わる頃に、小さん師匠の「それじゃ、行くか!」という言葉の号砲が鳴る。弟子たちが一斉に立ち上がる。

「それからみんなで、黒門町に行くんです」

 「黒門町」とは、八代目桂文楽師匠のこと。落語家の大御所を、住まう場所で呼ぶ習わしが落語界にはある。

 五代目小さん師匠は、1947年(昭和22年)に真打に昇進したが、披露興行中に師匠の四代目柳家小さんが急死したため、急遽、文楽師匠の預かり弟子になった。よって、あいさつは欠かせない。

「朝ですよ、目白駅に黒紋付の男が30~40人。異様ですよね。駅のホームにいる人はみんな避けるんです(笑)。

山手線で御徒町駅へ行って、黒門町の家まで歩いて、全員が順番に『おめでとうございます』『おめでとうございます』ってあいさつをします。そのまま、ほかの場所へ新年のあいさつに行く人もいれば、私らのように目白に戻る人もいる。目白に戻ったら、今度は来客を待つんですね」

撮影:編集部

 落語家として高い評価を得ていた五代目小さん師匠は、映画やテレビドラマ、CMに出演するなど、いわゆる売れっ子落語家。年始客も多い。

「(初代 林家)三平師匠も時間を見計らって来られました。『おめでとうございます』『すみません、師匠は留守にしております』『構わない構わない』『どうぞ、お上がりいただきまして』って申し上げると、三平師匠も上がるのが礼儀だと心得られていますから、玄関先でお帰りにならない。『じゃ、ちょうだいします』ってお酒をちょこっといただく。お正月の独特の世界っていうか、景色ですね」

 あべこべに小さん師匠が年始にうかがう場所もあったという。

「江戸消防記念会のトップの人たち(鳶の頭)のところには、必ずごあいさつにずーっと行ってました。そのお供で、僕が荷物持って、車の運転したこともありましたね。毎年、頭の方々が神楽坂で新年会を開いて、必ず師匠が一席なさっていました」