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〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【中編】

掲載記事300本記念

鼻っ柱を折られたひと言

 一切が順調に推移したかのような落語家人生だが、師匠・小さんのひと言で、冷や水を頭から浴びせられたこともあったという。

「それはもう厳しい言葉でしたね。あれで、私の落語に関する方向とか見方が変わったんです」

 それほど強烈だった、小さん師匠のダメ出し。

「うちの師匠は放任主義で、細かいことをいちいち、ああだこうだとは言わない。だけど、解き放って育てる手腕は大したもんだなと思いますね。自由にやらせて、『これはダメだ』という時は、ちゃんと言ってくださいます。

私なんか高座上がって、たまたま寄席でもどこでも、うちの師匠がお見えになると『あ、聴いているな』って思うんです。でも、終わった時に何も言われないと、とてもがっかりしましたね。

何か言う時は、終わった時に軽く手招きをするんですよ、うちの師匠。こちらは『あ、しめた!』と思うんです。『あれ、おめえ、なんだぞ、ああだぞ』と教えてくださるんです。

師匠がお見えになってるからといって、ウケさせようとか、うまくやろうとか、そんなことは思わずに、自分が今やっていることをいつも通りにやって、それが何かご提言と言うか、ご意見をいただけるのが何よりもうれしかったですね」

撮影:編集部

 さん喬師匠が鼻っ柱を折られる事件は、TBSの駐車場で起こった。小さん師匠と同じ落語会で、さん喬師匠は「幾代餅」をしゃべった。40代、真打に昇進し、ノリにノッている頃だった。その高座を聴いた小さん師匠は、さん喬師匠に声をかける。

「まあお前、ちょっとこれから話がある。どっか行くのか」
「師匠、すみません、仕事があって」
「そうか、それじゃ今、話すけどな。俺は驚いた」

 そんなやり取りに、さん喬師匠は、

「驚いたって言うのは、『うまくて驚いた』って思ったんですね、一瞬(笑)。うぬぼれていたんですね。

ところが師匠には、『噺っていうのはな、誰もが喜んで、誰もが涙を流すもんだ。お前だけの考えを押し付けても、客は喜びやしないんだ。お前が考えて、そういうせりふを吐いたのかもしれないが、それじゃお互いの純情さがどこに出てくるんだ?』と言われました」

 「幾代餅」の中で、さん喬師匠は独自の工夫を入れた。搗き米屋の清蔵と花魁の幾代のやり取りで、幾代が「お前さんのおかみさんになる」って言ったら、清蔵が「男からかって、どこが面白いんだ。そんなことあり得る訳ねえだろう」と怒るように演じた。そこに小さん師匠がダメ出しをしたのである。

「そん時は、何て言うんですかね、だるま落としでカン、カン、カン、カンって下にあるもんを全部打ち砕かれて、頭だけポコンと残ったような、そんな気がしましたね。

自分では、あらゆる落語で『自分の解釈』だってやってきたんですね。『文七元結』もそうでしたし、落とし噺もそうだったので、師匠に『お前の考えを理解させようというのは、落語の本当のいいところを伝えるっていうわけではない』とぴしゃり。

自分のやってきたことが、本当に根底から崩されて、能舞台に裸で出されたような気分になりましたね」

撮影:編集部

 さん喬師匠は省みた。「なんて、うぬぼれた落語をやってたんだろうな」と。そこから落語をもっと「普通にとらえる」ようになったという。さん喬落語の大きな変わり目になった、小さん師匠の指摘だった。

(一部、敬称略)

渡邉 寧久(わたなべ ねいきゅう) 演芸評論家・エンタメライター。栃木県宇都宮市出身。新聞社文化部記者、テレビ局エンタメウェブサイトの記者・デスクなどを経て現職。文化庁芸術祭の審査員を委嘱されたことをきっかけに、数々の演芸賞の審査に関わる。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞、花形演芸大賞の選考委員などを歴任。台東区が主宰する「江戸たいとう芸楽祭」(名誉顧問ビートたけし)の実行委員長を務めている。執筆・監修本に『落語家になるには』(ぺりかん社)、『落語入門』(成美堂出版)、共著に『十八番の噺 ―落語家が愛でる噺の話』(フィルムアート社)がある。「東京新聞」、演芸ウェブメディア「話楽生Web」等に連載多数。2025年8月より、東京新宿二丁目のミニ演芸場「シン・道楽亭」の運営にもかかわっている。

後編に続く)

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