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〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【後編】

掲載記事300本記念

〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【後編】

2024年5月11日、よみうり大手町ホールにて(撮影・武藤奈緒美)

話楽生Web 編集部

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完成形のない芸と、孤軍奮闘の現在地

 かみ締めるように、さん喬師匠は言葉をつなげる。

「これでよし、っていうのは、落語にはないですね。お芝居にしろ、映画にしてもそうだと思うんですが、要するに人様に感情を伝えるものには、終点はないような気がしますね」

 さらに屈託なく明かす。

「鈴本(演芸場)でバカ受けしたから、よし!って同じ噺を浅草(演芸ホール)でやったら見事に蹴られたぁ、なんてことはしょっちゅうあります、あります」

 終点がない、完成形がない分、起きている間じゅう、落語のことを考え、落語に思いを馳せる落語生活。

 小さん師匠のように、言葉少なに適宜言葉で導いてくれる人もいなくなった今、「誰に相談することはないですね、ええ、ええ」と、孤軍奮闘で芸に向かわざるを得ない現実に、さん喬師匠は日々向き合う。

「自分で考えて……悩みますね。考えるより先に悩むんでしょうね。

同じ噺、何度もやっている噺でも、ふっと、とんでもない台詞が入り込んでくることがあります。やっぱりそれは、自分が満足していないからでしょうね、きっと。噺に対する不安、噺に対する悩みというか。

例えば『初天神』という噺は、今まで何百回しゃべっているか分からない。でも、新しい発見をするんですよね。自分がやってしまっている惰性の落語の中で、ふっと解釈が変わってくる瞬間があるんです。

悩みって言うほどのことはないにしろ、常にその話をどうしたらいいんだろうか、漫然としていいんだろうかって考える。そういう悩みはありますね」

撮影:編集部

 悩みながらも、心のよりどころになっているのは「まっとうな芸を磨く」という信念。「まっとうな芸」がどういうものなのか。解釈は難しいが、さん喬師匠は「例えば豆腐を一丁、作るんでも」と分かりやすい例えを持ち出し、核心の周辺から核心のまん真ん中へと解説を進めていく。

「自分が教わったことを忠実に、忠実に、ひたすら忠実にやることによって、自分の豆腐を作り上げることができる。作る過程でゴマを入れたり、卵を入れたりといった工夫をすることもできますが、自分の豆腐は師匠から教わってきた、そのまんまの豆腐。

これが(お客様に)受け入れられるようになった時にはじめて、この豆腐を大事にしながら、ゴマを入れたらどんな豆腐ができるんだろうか、って工夫ができるようになる。

今は、『まっとうな豆腐』を作る前に、若い人はゴマ豆腐のことを考えちゃっていますよね。『落語を押し曲げたほうが面白くなってるんだ』って考えている若い人が増えている。道をまっすぐ歩いていれば、そこへ到達するだろうけど、必ず近道したくなる。でも実際は、その近道は遠回りになっちゃってることなんですよね」