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〈書評〉 小金井芦州 啖呵を切る(長谷川憲 聞き書き)

「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第10回

名前は変われど、筋は一本

 先述した西尾麟慶の襲名前に“いろいろあって”というのは、このことを指している。襲名披露に浪曲師の木村松太郎や春日清鶴が並んだのも、虎造が属していた浪花家興行社、後の豊芸プロダクションの計らいだろう。

 こうして実は浪曲と縁が深かった六代目芦州だが「虎造さんをうまいとは思っていなかった」と言うからおもしろい。虎造の十八番「清水の次郎長」は、本人は三代目伯山から教わったと称していたが、実は門下で破門された神田ろ山からのものだった。虎造の啖呵はろ山のものだ、と芦州は言う。

 こうして一部分だけを紹介しても魅力的な芸人なので、ぜひ本書をお買い求めになって読んでみてもらいたい。エキサイトブログ版では全文が読めるので、もちろんそちらでもいい。巻頭には弟子であった宝井琴柳と、彼が六代目宝井馬琴門下になった際に兄弟分ともいえる間柄になった宝井琴調・現講談協会会長の対談も収録されている。

 総州時代の琴柳は芦州の内弟子になったが、師匠の母親から「お前ね芦州の芸は真似てもいいけれども、人間は真似ちゃだめだよ」と言われたそうだ。前出の『講談研究』にも酒癖の悪さを指摘されていたが、実際にそばで暮らすとなるとなかなか手ごわい人物だったのだろう。当時、宝井琴僚といった琴調が芦州に「寛永三馬術」の稽古をつけてもらいに来たとき、なぜかそばにいた琴柳が殴られた、という話も紹介されている。

 その琴柳が馬琴門下に移籍したのは、1973(昭和48)年に講談協会が分裂したのが原因だった。初めは二派、さらに三派に分かれたことに嫌気が差した芦州は団体を辞することにした。自分はなんとかなる。しかし若い者は組織にいないと絶対苦労する。

 この言葉を宝井琴柳は「いえいえ、師匠に長生きをしていただかないと」と受け流しているのだが、没後20年以上も経つのだし、そろそろ琴柳が七代目を継いでもいいんじゃないかな、と私は思うのである。

(以上、敬称略)

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  • 書名 : 小金井芦州 啖呵を切る
  • 聞き書き : 長谷川憲
  • 発行 : 宝井琴調(講談協会)
  • 発売日 : ―
  • ISBN : ―
  • 判型・ページ数 : ―
  • 定価 : 2,210円(送料込み)
  •  

(毎月19日頃、掲載予定)

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