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〈書評〉 時の家 (鳥山まこと 著)

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第10回

〈書評〉 時の家 (鳥山まこと 著)

家の中に散りばめられた、懐かしい記憶が次々と浮かび上がる芥川賞受賞作

笑福亭 茶光

執筆者

笑福亭 茶光

執筆者プロフィール

壁や柱に残された住人たちの想い

 一人の青年が空き家へと忍び込む。青年は小学生の頃、その空き家の元の主『藪(やぶ)さん』に絵の描き方を教わった。取り壊しの決まった懐かしい家の中で、青年はスケッチブックを開き、家の中の様子を丁寧に描き始める。

 薮さんの後にこの家の住人となった、家族と離れて自宅で学習塾を開く『緑(みどり)』、夫婦としての向き合い方に悩む若い夫婦『圭(けい)さん』と『脩(しゅう)さん』、まったく関わりのない過去の住人たちの想いが家の中の壁や柱に付いた傷などから、まるで家に染み付いた記憶のように語られる。

 私の父と母の夢は、マイホームを購入することだった。そのために身を粉にして働いた。念願叶って、私が生まれて間もなく、その当時住んでいた借家からほど近いところに、一階は車庫で、住居部分は二階と三階の一軒家を購入した。

 家族アルバムには、借家の中で撮られた私の写真もあるが、私の記憶はどれだけ遡っても今もある実家の映像からしか呼び起こすことはできない。

 いつも父親が座っていた合皮のソファー、誰も飲まない沢山のウイスキーを飾ったガラスケース、玄関の木彫りの熊……。合皮のソファーは、ずいぶん前に処分してしまった。ガラスケースの中のウイスキーは私が何本か飲んだ。空いた場所に新たなウイスキーが補充されることはもちろんなく、ただただガラスケースの空間を埋めるためだけに何枚か写真が飾られている。玄関にあった木彫りの熊は、二階にある元々父の寝室だった部屋の隅で埃をかぶっている。