弟子の目玉焼きと師匠の粥
「二藍の文箱」 第11回
- 落語
三遊亭 司
2026/04/02
藝の土台となるものは(画:ひびのさなこ)
弟子から、体調不良で夜席のトリがあがってから帰宅した、と連絡がきた。
寒気、鼻水、腹痛、吐き気と一時的な難聴、となかなかのもので、数え役満。「とにかくゆっくりやすみなさい」と返信をして、翌日は休ませたが、そのまた翌日も、寄席へは行ったものの、やはり体調が万全でなく帰ったそうだ。
やらなきゃいけないこと、覚えなきゃいけないこと、それに心と身体が追いつかないのだろう。
ひとつ気になり、楽屋に行くことに強いプレッシャーがあるか?と訊いたが、それは「ない」とのこと。拒否感でないならいいが、弟子とはいえ他人の潜在意識まではわからない。
そんなはなしから、とある仲間が前座になる前、もしくはなりたてのころ、先輩前座から「前座は風邪をひかない生き物です」と言われたと聞いた。
なにをバカな。と、思ったが、その前座──いずれもいまでは立派な真打だが――の師匠の声色で、その「前座は風邪をひかない生き物です」を再生してみたら、なんてことはない、口調も含めてそのまんま過ぎて、さもありなんと妙な納得をした。あの師匠なら言いかねない。自分の弟子にそう言ったのだろう。
と、同時に「なにを言ってやがる」ともなった。だいたい病人に楽屋にいられては迷惑極まりない。まして、半日楽屋にいる前座だ、うつされたらたまったものではない。病人がやることは、帰る、休む、最短で治す。それだけだ。わたしも、楽屋入りしてすぐに体調を崩したが、先の師匠から「お前がいなくても楽屋はまわる」と、ただ休むようにそう言われた。
本当はそれが怖いところで、お前がいなくても楽屋がまわってしまう。つまりは代わりがいくらでもいる、こと。経験が浅いうちはみんなそうで、急に行けなくなったところで「司さんでなくてもいいんですが」となってしまうのが一番怖い。行かなきゃ収入もなくなるし、なんなら代わりの人間にいくらかやって、ありがとうね、ということになる。
でも、
気を張っていれば風邪をひかない。
そういう精神論はクソ喰らえで──あらためて活字にすると、すごいこと言ってるな。正しく正面から前座という立場とすべきことに向き合えば、知恵熱のひとつも出るのがふつうだ。正しい。大学生から前座見習い、それから前座。本名の自分と藝名の自分がせめぎ合っている。
小さな壁。
これもまた、そのひとつに違いない。
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