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煮物の記憶とイカの国
シリーズ「思い出の味」 第4回
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忘れがたい時間
いっぽう祖父も、色々と美味しいものを食べさせてくれたが、よく覚えているのは、鶏の手羽元をシンプルに醤油で味付けした煮物である。おかずとしてだけでなく、おやつ感覚でもよく食べさせてくれた。揃って煮物というのが、いかにも「おじいちゃん、おばあちゃんちのご飯」という感じでいいなと思う。
祖父は、こちらが少しでもお腹が空いていそうな素振りを見せれば「鶏食べるか」と、隙あらば鶏を食べさせようとしてきた。なんだか妖怪みたいな書き方になってしまったが、それがとても嬉しかった。
こんなこともあった。いつだったか、縁側で祖父と2人で並んで座っていた時のこと。理由は忘れたが、両親と弟、祖母は家にいなくて、珍しく2人で留守番していた。その時、どんな話をしていたかは、正直もう記憶にない。でも祖父がチョコレートをくれたことを覚えている。確か旅行のお土産で貰うような、外国の大粒のチョコレートだった。それを2人で食べたのだ。なんてことはないが、なんとなく忘れがたい時間である。
実を言うと、思い出の味で連想するのが「祖父母の思い出」だったことは、自分でも少し意外だった。何か特別な出来事や珍しい料理は一切絡んでこないのに、自分にとって真っ先に思い浮かぶのは、そこだったのか、なるほど今の自分を作っている部分なんだなあ、としみじみしている。
こうして改めて文章にしてみると、あの頃の空気感がしっかり蘇ってくるので、書いてみて良かったと思う。あと全然関係ないけど、祖父母の家には「庭の主」ともいえる大きなカエルがいた。これは今思い出して、書きたいから書いた。
10年以上前に祖父が亡くなり、それから祖母は私の実家の徒歩圏内に越してきた。高齢ゆえ、手間のかかる煮しめなどは以前ほど作らなくなっていたが、泊まりがけで訪ねることも多くなった分、祖母の作った朝食を食べる機会は増えた。
といっても、これも別に凝ったものではない。大抵は、トーストと目玉焼き、ハムとトマトという「ザ・朝食」なメニューだったが、目玉焼きの焼き加減が絶妙で、改めて料理が上手かったのだなと思う。