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〈書評〉 五代目小さん芸語録 (柳家小里ん 著・石井徹也 聞き手)

杉江松恋の「芸人本書く派列伝 クラシック」 第2回

小さんの了見

 五代目柳家小さんこと本名・小林盛夫は1915年生まれで、1933年に四代目柳家小さんに入門し、前座名・栗之助、1947年に真打昇進して九代目柳家小三治を襲名した。1950年に五代目小さんを襲名し、1972年からは長年、落語協会会長を務めた。1995年、落語界では初の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定されている。

 息子である現・六代目小さんをはじめとして多くの弟子を育成し、昭和から平成にかけての落語界を支えた最大の功労者である。2002年5月16日に天寿を全うして亡くなった。

 東京落語の大きな潮流に三遊派・柳派があると言われる。前者が外形描写や型を徹底するのに対し、後者はその役の了見になり切るということを重視する。

 といっても落語は、一般の芝居のように役者が演じる対象と自分を重ね合わせるような演芸ではない。演じられる人物の横に、常に話者である自分を並置しなければならないのである。ではどうすればいいいのか、了見とは何か、といった疑問はたとえば本書の「芋俵」の項を読めば氷解するはずだ。

 前段では技巧書の一面を強調したが、もちろん小さんの人物記としても優れている。五代目の著書で読んで面白いのは『抱腹絶倒 五代目小さんの昔ばなし』(川戸貞吉共著、冬青社)で、これは修業時代から真打昇進までを振り返った部分が主になっており、第二次世界大戦の従軍記という性格もある。兵隊になった小林盛夫がどんな生活をしていたか、ということを知りたい人にはもってこいだ。

 若き日々ではなく、五代目として完成した後の小さんに関してなら、絶対に本書を読むべきである。

 五十音順で並んでいるので「青菜」から始まる。暑くなる兆しが見えると落語家がいそいそと高座に掛ける、初夏の風物詩のような噺である。五代目小さんの十八番と言っていいだろう。意外なことに、生前の小さんは弟子に「オレの『青菜』は旦那が出てない。そこは生涯、四代目に勝てない」と言っていたそうなのである。

「青菜」は、植木屋が出入りの家で旦那に酒をご馳走になることから始まる噺だ。職人の植木屋と大人の旦那の対比が前半では重要である。後半の鸚鵡返し、つまり前半で起きたことを植木屋がいちいち真似しようとするくだりで笑いが生まれるのだが、そこは「誰がやっても受ける」。実は旦那というキャラクターに自信を持っていなかったということが語られるのである。

 五代目が若い女性を得意としていなかったことはファンの間で有名だが、旦那もそうだったとは。

「三軒長屋」についても。

 と、小里んは語る。至近距離で師匠を見ていたからこその証言だ。